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lets_thinkメーリングリストの公開形式とリンクについて:文責 鎌田哲哉

「オフライン会議(2002年8月)議事録、および西部柄谷論争の公開について」(11月24日に第4章までを発表)でも触れましたが、穂積一平氏と宮地剛氏の努力によって、lets_thinkメーリングリストのメールの全てと、両氏による詳細な解説がすでに公開されています。

私は当初、この私的なMLをQ-hiveまたはQ監査委員会のページで公開しても全く問題はない、むしろ公開する以上はここでやるべきだ、と考えていました。柳原敏夫=朽木水氏や関井光男氏その他が昨年末に、さらに攝津正氏が今年秋に、このMLを「裏 ML」と歪曲的に中傷することで傷つけたのは、穂積、宮地両氏や西部氏の名誉にとどまらず、Q-hiveの運営のあり方、ひいてはQ-projectそのものの社会的信用だったからです。しかし、宮地氏と穂積氏は、QのWEBのパブリックな性質を尊重し、それが自らの意見を代弁するかのような誤解を招かないために、宮地氏の個人サイトでの公開を決心されました。

そこで、Q監査委員会では、このMLを京都オフライン会議当時やその後の雰囲気を伝える重要資料と認定し、lets_thinkMLへのリンクをはりました(目次の「西部柄谷論争」の下からすぐに行けると思います)。MLの成立事情や内容については、穂積氏と宮地氏の徹底的な考察が、その委細を十分につくしています。宮地氏が書いているように、そこに「怒りや絶望、悲しみやためらい」はあっても、陰謀や策謀は一切ありません。少し立ち入れば、オフライン会議以後、NAM会員による不当な悪意の毒液を全身に浴び続けた三氏が、それでもなお「やっていいことといけないことの区別」を守りぬいた光景が鮮やかにみえるでしょう。このMLは、柄谷行人氏がQを破壊すべく中傷や扇動を繰り返し、大多数のNAM会員がその指示の下で恫喝と脅迫と冷笑と傍観を続けた、NAMMLの類とは質的に違うのです。自分達が陰謀家だからといって、人間の誰もがそうであるわけがない。柄谷氏その他のNAM会員は、この自明な事実に今こそ苦しむべきです。もし、そうする勇気と良心が彼らにあるのなら。

最後に、lets_thinkMLのメールは、全て京都オフライン会議や直後の状況の中で投稿されています。従って、前者の文脈の正確な把握には、後者に関する最小限の理解がその不可欠な前提になります。「オフライン会議議事録」や「西部柄谷論争」(当 WEBで公開中)の併読を、担当鎌田から改めて深くお願いする次第です。

2003年11月27日


(その後、穂積、宮地両氏が、リンク先のWEBでlets_thinkMLを公開するにとどまらず、「その後の意見」の断続的な連載を試みている事実を知った。 (http://after-that.text-n.net/
)個人的には、こちらの方が圧倒的に興味深く、勉強にもなっている。たとえば両氏は、今回のNAM会員による破壊活動を、単に「柄谷行人氏とモッブの癒着=相互依存」という構図にとどめずに、そうした癒着を必然化する言説自体の状況的/原理的問題性(たとえば「NAM原理」そのものの限界)において把握する。この徹底した問題提起は、「NAMが現実にしたことは悪いが、NAM原理自体は正しい」と平気で口にする者達のパラリシスを打たずにいないだろう。「NAM原理」の存在ゆえに今回の「現実」が悲惨に拡大した事実、少なくとも、今回生じた「現実」について「NAM原理」が何の抑止力にもならなかった事実。彼らはそれらを一切問わずに、何の打撃も受けずに「その後」を生き延びつつあるからだ。では、現在のQユーザーはこういう発想から無縁だろうか。たとえば、ユーザーMLでは、「NAMとは、懐かしくも、美しい響きです」と今なお信じ難い投稿をする者がいる。こうした決定的な感覚麻痺の中で、我々は本当に未来の新しいユーザーと出会えるのだろうか。――12月5日追記)
 

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