ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
メインメニュー
オンライン状況
2 人のユーザが現在オンラインです。 (1 人のユーザが Q−NAM問題の公開資料 を参照しています。)

登録ユーザ: 0
ゲスト: 2

もっと...

京都オフライン会議議事録・西部柄谷論争の公開

オフライン会議(2002年8月)議事録、および西部柄谷論争の公開について 文責:鎌田哲哉

1 はじめに
2 公開理由
3 資料解説(柄谷行人氏/京都登記班グループの当時の行動)
4 情報公開をめぐる討議の概要
5 おわりに(作成中)

情報公開についてのお知らせ(2004年2月18日・監査委員 高山)

1 はじめに

今回、Q監査委員会が対外全面公開するのは、
A)2002年8月29日、京都南無庵で行われたQ管理運営委員会(以下Q-hiveと略す場合がある)によるオフライン会議の全議事録と、
B)西部忠氏(当時Q代表)がオフライン会議とその後の議論を踏まえてQ-hive全体MLに投稿したメール([q-project 4452])/柄谷行人氏(当時Q監査委員)による反論([q-project 4740])/および西部氏による柄谷氏への再反論([q-project 4754])、からなる一連の議論の応酬(以後「西部柄谷論争」と略す)、の二つの資料である。

オフライン会議の出席者(敬称略)は西部忠(代表)、穂積一平、宮地剛(以上副代表)、茨木彩、後藤学、杉原正浩、攝津正、西原ミミ、生井勲、和氣久明(以上管理運営委員)、柄谷行人、松本治(以上監査委員)、柳原敏夫=朽木水(法律アドバイザー)、蛭田葵(当時管理運営委員への復職を申請中)の14名。当日の議長および議事録作成者は杉原氏だが、出席者のその後の訂正要求を踏まえて、鎌田が議事録の細部を適宜訂正している。【注0】

以下、案件担当議長として、私はこれらの公開理由とその資料的な価値を解説する。その際、「監査委員の募集の一時延期について」で書いたように、私の視点が基本的に「Q規約だけを読んでQ-projectに参加した非NAMの会員」のそれであることを明記したい。提示する解釈は、全て反証可能性を含む「証拠つき」のものだが、それは「公正」「公共性」の実現を目指すものではあっても、「中立的」「どっちもどっち」的なものではありえない。換言すれば以下の解説は、NAMから独立し、非NAMとNAMの会員が対等な立場で自主的に組織運営を行うことを保証されたQ-projectにおいて、他者(非NAMのQ会員)の存在を全く意識できなかった一部NAM会員【注1】の愚行への根本的な異議から生じている。

2 公開理由

2003年8月以後、攝津正氏は、Q会員のアドレスの不正取得や、メールの一斉同送等の違法行為を公然と犯すことで、西部、穂積、宮地三氏や、監査委員の高山大祐氏の誹謗中傷を続けた。また攝津氏は、lets-thinkMLを「裏ML」と呼び、その断片を前後の因果関係を黙殺して恣意的に公開し、当時の代表団に「策謀」があったかのような歴史を偽造することで、Q-project自体を破壊しようと企てた。彼の愚行は、柄谷行人氏が昨年秋頃NAM内部で西部氏を執拗に誹謗したメールを自らのHPで公開し、西部氏について事実と全く異なる情報を広範に流通させることでその頂点に達した。

すでに西部氏の反論にある通り、攝津氏が上記で示した事態の理解や怨恨の表現に独創性はない。それは結局、今年1月、Q監査委員を辞任した直後の柳原敏夫氏(当時NAM副代表で筆名は朽木水。弁護士活動の社会的影響は大きいので、同委員の行動については以下、全て実名と筆名の両方を挙げて述べる)がQユーザーレベルで試みた言動の物真似にすぎない。彼が主体的な行動だと考えたがっているものも、現実には誰かが作為的に選択した情報にあやつられた痙攣反応なのだ。若い攝津氏の不幸は、自己規定はともかく現実のふるまいにおいて、彼が暴力団の鉄砲玉に似てくる現実にある。――だが、今回生じた情報の流通範囲の格段の広がりだけは、今なお極めて問題的である。この事情を考慮し、Q監査委員会は、上記諸氏およびQ-projectそのものの著しく傷ついた名誉や社会的信用を回復するために、まずオフライン会議の全貌を示す上記資料を対外全面公開することに決めた。それらを通して、
ゝ都の登記班グループにおける自己批評や自己相対化の欠如と、柄谷行人氏への精神的依存
∧礎氏および多数のNAM会員による、Qへの集団的介入や破壊工作の執拗な反復
にもかかわらず、当時の代表や副代表ほか、少数の人々の粘り強い努力で、Qの自立的で主体的な運営が維持=再獲得されてゆく過程
の一端を、読者は明確に目撃することができる。


ここでlets-thinkMLについて言えば、現在、ML参加者である穂積一平氏と宮地剛氏の手によって、その全面公開の準備はすでに完了している(後記――現在すでに公開が実行されている)。個人的には、元NAM会員達の側がNAMのMLを自主的に総括公開する義務を全く果たさない現状で、純粋に私的な感想と意見のやり取りであるlets-thinkMLだけが不当に「裏ML」呼ばわりされ、関井光男氏や攝津氏その他が「赤信号みんなで渡れば怖くない」的に公開要求を合唱し続けた事態に、激しい怒りを禁じえない。だが穂積氏と宮地氏は、自分達というよりはQ-hiveの名誉回復のために、何よりQ-projectが卑劣なレッテルをのりこえ今後も運動を持続し広汎に展開してゆくために、強い覚悟で全面公開を決心している。しかも、公開に際してはQのWEBは借りず、宮地氏個人のWEBでそれそのものを自主的に実行したい、ということである。

穂積宮地両氏の勇気ある決断を尊重するためにも、今回公開した二つの資料とlets-thinkMLとの併読を、私は読者に衷心からお願いしたい。lets-thinkMLが生れた当時の状況と、それが「裏ML」などではありえない事実を示すためだけではない。全く逆に、中傷と策謀と傍観と責任回避の悪臭で充満した「裏ML」とは、何より自らを厳格な通信ルールで閉ざしたNAMのMLに他ならなかったこと、それを生みだした原因が柄谷行人氏や多数のNAM会員における他者感覚の絶対的な欠如であったこと、これらの事実を、たとえば西部柄谷論争ほど明瞭に示唆するものはないからだ。

3 資料解説(柄谷行人氏/京都登記班グループの当時の行動)

柄谷行人氏のオフライン会議時の言動については、「西部柄谷論争」における西部氏の二つのメールが、その内容を十二分に伝えている。読者は、このメールをぜひ熟読してほしい。たとえば、柄谷氏への再反論([q-project 4754])にある、

「傲慢な態度をとり続けているのは一体どちらでしょうか。氏は,自分が批判し説得できなかったならば,「二度とこの人を相手にしない」といいます。これこそ傲慢な態度ではないのか。氏の言っていることに納得しない者は排除するという発想です。NAMの原理も完全ではないし,柄谷さんの言説がすべて正しいことなどありえません。NAM原理は「暫定的仮説」であったはずで,今後もその根本的な部分ですら改正の余地はあるはずです。ご自分の可謬性にもっと謙虚になられたらどうでしょうか。」

という個所や、

「他者が存在する以上,意見の違いは存在します。それを認めることができず,力でどうにかしようとされるという態度が私にはどうしても許せないのです。私がNAMをやめたのは,少なくとも私にとっては,NAMは柄谷さんに誘われて結成に参加したという気持が強く,最低限の信頼が失われた以上彼と一緒に続けていく気がなくなったからです。NAMの理念や会員の方々を否定するという気持はありません。」

という個所を、心あるNAM会員は胸の痛みなしに読めないに違いない。だが逆に言えば、痛みを後から大げさに表現する者はたくさんいても、現場で(たとえばQユーザーMLにおける発言で)それを具体的な実践へ転化するNAM会員がほとんどいなかったことも事実なのだ。ある意味で、西部氏の主張は全ての「連合」における自明の原則にすぎない。だが困難は、それを実行する「勇気」を我々一人一人が持続的にもちうるか否か、にかかっている。いずれにせよ、怒りを極度の冷静さで純化した氏の力強いメールに何かを付加する余地はない。むしろここでは、前後の経緯をよりよく把握するために次の諸事実を補足したい。

 屮フライン会議議事録」は、当日の議論の最初の数時間を収録したものにすぎない。柄谷氏による西部氏の「査問」がエスカレートし、主観はどうあれ他の委員がその状況をほとんど制止しなかったのは、この議事録以後のことである。但し、柄谷氏が議論に介入し登記班の委員を代理する(と同時に後者が前者に依存する)過程や、宮地氏や穂積氏の誹謗中傷を何度も繰り返す(と同時に他の委員がその判断に追従してしまう)過程は、この議事録だけでも明確に読みとることができる。

◆崟症柄谷論争」での西部氏の再反論に対する、柄谷氏の応答は全くない。それどころか、柄谷氏はこれ以後、Q-hive全体MLやQユーザーMLへの一切の投稿をしていない。だがこの事実は、柄谷氏がQへの介入を放棄した事実を全く意味しない。Q関係のMLでの沈黙とは裏腹に、柄谷氏はこれ以後、NAM会員を扇動しながらQへの干渉や破壊工作をエスカレートさせてゆく。問題は、WEB上での公開的な批判ならまだしも、柄谷氏がその際、極めて組織的で閉鎖的な戦術を選択した事実にある。NAMのMLでのQへの返金要求のマニュアルつき教唆や、NAM会員のQ-hiveのメンバー宛てに送付した私信での脅迫的な辞任要求はそのごく一例にすぎないが、たとえば氏は前者で、「Q-userに書くと隠せないので、最も効き目があるようです」「告訴しますが、その前に、告訴よりもいやな手段に訴えます。」等、いかにも左翼の活動家崩れらしい策謀の使嗾に熱中している。

また、並行して柄谷氏が行った西部氏への中傷と名誉毀損も酸鼻を極めるが、特にこの件は、攝津氏が西部氏への私怨から柄谷氏のメールを自分のHPで一般公開したために(現在は削除されている)、西部氏の社会的信用が傷つく程度が一挙に拡大している。これはあまりに不当な状況であり、批評空間の件のように柄谷氏がNAM会員の情報不足に付け入っている場合もあるので、西部氏の許可を得て、氏が知人に宛てた反論メールを引用しておいた【注2】。それを読めば、柄谷氏が『神聖喜劇』の吉原さながら、実際の出来事の一番の急所の部分にだけ捏造を施し、事実と虚偽のアマルガムに一定の説得力を付与する悪質な手法を用いているのがわかる。柄谷氏はNAMのMLでは西部氏の言動の正確な引用を決して行わず、本当の異論を架空の異論にすりかえゆがめた上で、それを非難し反駁し続けたのである。

――なお、西部氏と私は、以上の事実をすでに雑誌「重力02」で部分的に明らかにした。だが、現在ほとんど全てのNAM会員は、傍観者であれ直接の加害者であれ自らの責任を回避して、主体的な情報公開の努力を放棄し全てをとんずら=リセットしようとしている。我々はこの現状に鑑み、Q-projectに組織的に介入し特定の個人等を誹謗中傷する等、書き手の権利保護が当事者の権利回復の視点から全く不要なメールや文書については、原資料の雑誌形態による一括全面公開を現在準備している。


以上、オフライン会議以後の柄谷行人氏の愚劣な言動を概説した。だが、混乱の規模が拡大した理由は決してそれだけにはつきない。柄谷氏の事実偽造と扇動がいかにNAM内部で成果をあげ、それがQ-projectやQ-hiveへの脅迫的な介入につながったとしても、そのためにはそれを許容し待望するモッブの精神的な依存が不可欠だったからだ。以下この観点から、オフライン会議前後の京都登記班(NAM会員)の言動について触れよう【注3】。

Q-hiveの過去ログを読む限り、2002年8月のオフライン会議は、西原ミミ氏をリーダー格とする、後藤学氏、茨木彩氏ら京都登記班グループ(および、南無庵の茶会で彼らと親しかった福西広和氏)が、事務作業の過重に不平を訴え人間的な扱いを要求したことが、根本的な開催の動機になっている。大まかに言えば、彼らは西部代表や副代表に対して、現場で実働に携わる者の感情をもっと汲み取るべきだ、と主張した。

だが、NAMと無関係に常時働いている者が事情を知れば、過重な労働なるものがわずか週一日の作業について主張されている事実に、心底あきれて失笑するに違いない。それは本当に「過重」だったのか。むしろ彼らが、南無庵でのお茶会等サークル活動に類した自己満足的行為は熱心にやるが、実務をやらせるとまともな戦力にならない事実を意味するだけなのか。この疑問は私に限らず、南無庵での作業の実情を眼にした当時のQ-hiveの委員からも、上記lets-thinkMLの中で的確に指摘されている。「そもそも、今のQはそれほどの仕事量はありません。/気のきいた会社の事務員ならば週に半日、午前中だけで作業すればぜ〜んぶ綺麗に片付く程度のことです。/この件に関して、**さん、**さん、**さんらは失礼ですけれども事務作業に慣れていらっしゃらないがゆえに登記作業をおおげさに考えすぎです。/なにより、事務作業に慣れていらっしゃらないのでその作業に喜びを見出せないでいらっしゃったというのが一番いけないことです」。彼らがどう思おうが、問題の本質は実務の過重云々にはなかった。少なくともそこだけには存在しなかった。決定的なのは、彼らの主張に過剰な被害者意識はあっても、自己相対化や自己批評が全く欠けていることだった。「権利主張は一人前だが、義務観念が全くない」という紋切り型の批評さえ、そこでは完全に妥当した。

オフライン会議以前の状況から、その実例を大まかに指摘してみよう。たとえば、仮に実務の過重を主張したいなら、それは登記班に限らず全ての管理運営委員にあてはまることだった。Winds-qの始動後にQ-hiveに群がってきたNAM会員だけが疲れていたわけがない。最も疲弊していたのは、開発業務に従事する穂積副代表と、何よりプロジェクトのリーダーとして最初期から運動を指揮し、当時海外渡航直前の雑用で追いまくられていた西部代表の側だったのだ。だが、京都登記班の人々はそうした最低限の自省を欠いたまま、我々の苦労を理解しろ、という理由で、他の数名とともにオフライン会議の開催を突然要求するに至る。自分の悩みだけが普遍的だと錯覚する虫のよさが、他人の事情も斟酌せずに開催地を京都に指定する土俗的ローカリズムに転化するのは不可避だが【注4】、問題はそれだけにとどまらない。この一方的な開催要求には、ML上の公開的な情報共有と多事争論を尊重する当時のQ-hiveの運営方針を損壊する何かが、――後の高額不正取引や返金騒動や超規約措置につながる何かが含まれていた。それはいわば、「MLで全てがすむとは絶対に言わないが、運動の排他性や地域性を克服するためにもMLをできる限り尊重するほかない」というQ-projectの原則を、「気にいらないことがあれば、MLに書かなくとも実力行為に訴えればそれでいい」という行動様式に変形することだった。この時期の西部代表や穂積、宮地副代表のいくつかのメールは、京都登記班のその種の行動に痛切な異議を唱えている【注5】。

だが、代表や両副代表は異議だけを唱えていたのではない。彼らは必死に事態の正常化を模索してもいた。西部氏はML上の情報共有を再三求めながら、最終的にはオフライン会議を正式な会議として承認し、渡航直前の多忙をぬって京都に行くことに同意した。さらに、宮地氏が西部氏以上に限度を越えた忍耐を続けていた事実も、過去ログからは容易に推定できる。たとえば、西原氏は宮地氏の会計報告の遅れの糾弾については熱心にML主義?を選択し、遂には宮地氏がQを私物化し予算を流用している、と読まれて当然の侮辱的な言動さえ行った【注6】。これが全く無根拠な中傷であることは、その後の会計報告で直ちに明確になっている。だが他方で、「登記班は会計部を批判する際に、なぜ自らへのお金の配分をも性急に要求するのか」という趣旨の宮地氏の反問には、西原氏は都合よく最後まで答えない。実際には、登記班が福西氏を仲介に、Q-projectには負担できない不当な対価を円で要求した蓋然性が極めて高いが、この件についても福西氏や登記班の人々が自ら答えることはなかった(今度は杉原氏が彼らを代理している)。にもかかわらず、代表や副代表は全てを我慢し、1件当たりの入会手数料の半額を、労働対価として登記班に快く支払ったのである。

――これを要するに、NAMとQの紛争の原因を「代表部の京都登記班への冷淡さ」に求める主張は当たっていない。私見によれば、西部氏らの判断ミスは全く逆に、文句は多いが長続きのしない労働を必死に理解し少しでも尊重しようとして、彼らの要求をほとんど受け入れてしまった事実にある(この種の人の良さは、当WEBで公開された文章での西部氏の攝津氏への思いやりにも現れており、西部氏は本来冷淡であるべきものにさえ、冷淡になりきれないようにみえる)。逆に言えば、登記班に限らず、NAM会員の多くを構成する、院生崩れや活動家崩れの質の低い労働に絶望する資格は、振り回され続けた彼らには十分あったのだ。e-bank案による実務作業の簡素化と、経験豊富な社会人の宮地氏を実務担当の専従者(これは、週一回の実務程度は周囲に当たり散らさず継続的に実行する労働力の確保を意味する)に起用する方向性は、その限りで全くまちがっていなかった。

オフライン会議そのものに話を戻そう。既述のように、今回公開する資料は、柄谷行人氏の当時の愚行を異論の余地なく明確にする。では京都登記班に焦点を当てる時、彼らの言動の問題はどこにあったか。

決定的なのは、この程度の争点を議論するためにさえ、自分達だけの力でそれをやり通す「勇気」が西原氏や後藤氏には欠けていた事実だ。オフ会時に柄谷氏の「代理」を求めた彼らのあり方は、ML上で福西氏や杉原氏の「代理」を求めたそれの延長でしかない。繰り返すが、彼らが音を上げた実務が、自ら感じるほど過重だったか否かは疑わしい。我々は「モルモット」ではない、という後藤氏の言動から辛うじて認容できるのは、社会性の不足や日常的な不遇感に由来する、ある種の「気分」の彼らにとってのリアリティである。だがその場合でも、彼らは少なくとも自分の力で抗議を行うべきだったろう。柄谷氏の監査委員資格が任期切れで、氏の会議への参加自体が議長杉原氏の判断ミスだった事実は関係ない。当日の後藤氏や西原氏が、柄谷氏に辞去あるいは純粋な傍聴を求めて、自分達の言論で西部氏と戦い、問題解決を目指すことは依然可能だったからだ。

だが、彼らが選んだのは、柄谷氏に全面的に依存し、その陰に隠れて我意を通すことでしかなかった。たとえば、オフライン会議直後、後藤学氏は続けて書いた何通ものメールで、オフ会の流れに文句があればその時点で主張せよ、自分はそうした、と他の委員を得意気に叱りとばしている。だが後藤氏の饒舌は、西部氏の「柄谷さんが謝罪しなければいいといえば,後藤さんはいつまでも謝罪しないのですか」([q-project 4452]、「西部柄谷論争」の最初のメール)という問いかけにだけは答えられない。言い換えれば、オフ会時の声高な主張が自分で勝ち取ったものでなく、柄谷氏の存在に守られたものでしかなかった事実には後藤氏は遂に言及できない。当時監査委員の松本治氏は、この種の依存を明晰に指摘している。「ところで結局、腹を割って話ができなかった代償として、柄谷さんの「代弁」によって登記人の方々がスッキリした、というのが実際のところだと思います。その「代弁=批判」が、事実に即した正確なものだったかは別にして、気持ちはスッキリしたろう、と思います。当日、お三方も、そう述べられていましたから。/しかし、率直に言って、僕はあのような「代弁」によるカタルシスを今でも非常に不快に思っています。一方的に誰かをスケープゴート(特に宮地さんや穂積さん)にして成立するカタルシスなど、僕は否定します。カタルシスをえた人間は気持ちがいいかもしれないが、周りで見ていた僕は少しも気持ちがよくなかった。スケープゴートにされた方々については言うまでもないでしょう」([q-project 4814])。

だが、この京都登記班の柄谷氏への依存こそ、NAMの日常的体質がQの運営にまでもちこまれ、その運営の自主性を不当に傷付けた最初の事例だった。これ以後、多数のNAM会員のQにおける行動は、NAMの個人崇拝の惨状を一般社会に暴露すると同時に、問題解決を情報共有と多事争論で切り開く、Q-projectの原則自体を損壊させる寸前にまで至るだろう。その象徴が、柄谷祐人=原祐人氏、後藤学氏、福西広和氏の三名が10月に引き起こした高額不正取引行為である。そこには、いきなり直接的な実行手段に訴えず、QユーザーMLその他の場所で「言論」として自分の疑義を問いかける、という姿勢はもはやかけらさえなかった(福西氏のように、今なお自分の責任を回避し何の事情説明もユーザーに行っていない場合さえある)。あるいは、QにはNAM以外の会員も多数存在し、winds-qをいま現に利用している、という他者性の感覚がかけらさえなかった。――「自分はいいことをやっているから何をやっても赦される」という「気分」の放恣な自己肯定は、その後個人的にも組織的にも繰り返されたが、面倒なので、ここでは以下の出来事を列挙するにとどめる。
”秧討NAMの名前の陰に隠れた、柄谷祐人=原祐人氏による宮地氏や穂積氏への恫喝、およびNAM解散決定後の気弱な沈黙
関井光男氏や山住勝広氏その他、多数のNAM会員による集団的な返金要求
杉原氏や攝津氏による「超規約的措置」の実行と、NAM所属の管理運営委員の大量の退任
さ髪聞篁峪瓩籏霙纏瓩砲茲襯魯奪ー行為や個人情報の不正取得の反復


オフライン会議から半年後、(NAM解散時における)Q-hiveの非NAM会員と少数のNAM会員は、実質的にも対等な立場で多事争論の原則に立ち、難産の末「公式見解」を発表した。規約改正を通じて情報の原則対外公開の方針を確立するために、Q-hiveとQ監査はさらに数か月を必要とした。

4 情報公開をめぐる討議の概要

監査委員の高山大祐氏と私が、規約改正時に行った情報公開の基本方針をめぐる議論は、それ自体が当WEBで公開中である。但し、今回公開する資料の中には、そうした一般論から区別さるべき、特殊な事情をもつものがある。具体的には、
 崟症柄谷論争」の最初の投稿([q-project 4452])で西部氏が引用した柄谷氏のメール
◆屮フライン会議議事録此廖[q-project 4787])
の二つがそれだ。これらについては、すでに2002年末に、公開の是非をめぐる激しい討議がQ監査委員会で行われ(但し、この時点では「公開」はQユーザーレベルに限定されている)、採決の末、当委員会は原則公開の方針を決定している。だが、決定に至る議論の過程は平坦なものでは全くなかった。以下では、今回上記を対外公開するに至った監査委員会の討議の概要に触れよう。

たとえば、当時Q監査委員でNAM副代表の柳原敏夫=朽木水氏は、柄谷氏のメールを近年話題になった「三島由紀夫書簡事件」における三島の書簡と同一視して、同氏の著作権保護とメール非公開を強固に主張した。だが、こうした議論は無知でなければ、素人を甘く見た三百代言的な言動でしかない(この程度の法律家が幅を利かせた事実自体が、NAMの不幸だろう)。たとえば、柄谷氏の数行のメールが「私信」ではなく、共同研究打ち切りの「通知」と呼ぶべきで、そこには三島の書簡がもつ「創作性」(現行著作権法第一条)が存在しない事実に、柳原=朽木氏は決して言及しない。それだけではない。同氏の議論の悪質さは、柄谷氏がこのメールで犯した、西部氏の権利の不当な侵害には口を拭ってすましている事実にある。

他人の権利を不当に侵害する者について、その者の権利(著作権やプライヴァシー)を保護する法律上の利益は存在しない。もしそれが通るなら、誹謗や中傷や恫喝や脅迫をやりたい放題やっても、その証拠について「公開を禁止する」と一言言えば、逃げ切りとんずらすることが可能になってしまう(実際、柄谷祐人=原祐人氏はこのやり方を見境なしに用いて、今や人生的な大恥をかきつつある。Q-hive在職当時の攝津正氏が、彼を怯える必要は全くなかった。むしろ必要なのは、攝津氏自身が個人情報の不正取得やハッカー行為等、柄谷祐人氏と同レベルの愚行に加担せずに自分の戦線を戦い通すことだった)。三島の書簡と柄谷行人氏のメールの決定的な差異はそこにある。後者にあっては、書き手(柄谷氏)の権利以上に、書き手が傷つけ侵害した当事者(西部氏)の権利や名誉の回復こそが重視されねばならない。具体的に言えば、共同研究は柄谷氏の側から申し出たもので、すでに大学間の委託関係になっていた。だが、柄谷氏はオフ会時の私怨を持ち込み、それを一方的に取り消すことで西部氏の職業上の地位を脅かそうとした。――これらに対する、西部氏の「証拠つき」の異議申し立て行為が尊重されねばならない【注7】。

ほぼ同じ事情が、「オフライン会議議事録此廚砲弔い討い┐襦L原氏は、この記録は正式な会議が終了した後の私的なやり取り(雑談)だ、という理由で、発言者達の権利保護の観点からやはり公開に反対した。だが、その前に「議事録此廚瞭睛討鮓てみよう。たとえば、柄谷氏はここで宮地副代表を大阪の某氏に類比し、宮地氏にQを私物化し権力的な専従者になる意志があるかのような誹謗と中傷を繰り返している。他方、西部氏を除く全ての参加者は、柄谷氏の言動に阿諛追従するか、せいぜい気弱に沈黙するほかなかった(杉原氏に至っては、勢いの赴く所、宮地氏に「妄想家」「調教させていただきます」等のレッテルを張り続けている)。これ以後のQ-hive全体MLでは、全ての投稿者がオフ会の内容と雰囲気に言及しながら、さらなる混乱と迷走を繰り返すことになる。

要するに、「議事録此廚蓮形式はどうあれ、Q-hiveの自立的な運営を損ない、その今後に重大な影響を及ぼしたある種の討議の「記録」である。それは、後で訂正したにせよ、記録者の杉原氏自身が当初それを「議事録」として投稿した事実からも明らかである。――そしてこの場合も、「議事録」公開の是非に関して最も尊重すべき基準は、中傷された当事者の意志なのだ。宮地氏と西部氏は、当時も今も、一貫して「議事録此廚料缶霧開を求めてきた。主要な理由は、宮地氏の名誉回復というよりは(だがこの作業は今なお必要である。宮地氏の名誉は、ある意味で西部氏のそれ以上に傷つけられたままだからだ)、柄谷氏の権力的な介入への批判を「証拠つき」で行うため、というものだった。

年末の討議において、私が柳原=朽木氏に反対し、上記資料の全面公開を主張したのは、以上の理由によっている。だが、この点について特記したいのは、採決に敗れた直後に監査委員を辞任した同氏のその後の道行きである。柄谷氏が以前から柳原=朽木氏の顧客であった事実の詳細には、ここでは触れない。柳原=朽木氏が監査委員の辞任理由に健康状態をあげたことの真偽も問わない。また、(氏がその作成に深くかかわった旧Q規約の杜撰さを読む限り、その専門能力は標準的な法曹のレベルにさえ達していないが)いわば「勝ち負け」の世界にすむ者が、素人の主張に道理ばかりか採決でも敗れた時の屈辱感は理解してもいい【注8】。だがこれら全ては、同氏が犯した歴史の偽造(自分の怨恨をいきなりユーザーMLにぶつけ、NAMのMLの惨状には触れずにlets-thinkMLを「裏ML」と歪曲することで、当時の代表部が「策謀」を企てたかのように事実を捏造した行動)を正当化する理由には絶対にならない。この行動が暴露したのは、氏がむやみに口まねしてきた「人間的であれ」「理性を公的に使用せよ」等の格言?が、みえすいた党派性や個人崇拝の倒錯的表現でしかなかったことだ。柳原敏夫=朽木水弁護士の形式的な著作権談義には、自己欺瞞はあっても「公正」への皮膚的感覚が決定的になかった。


Q監査委員会は、情報公開の基本原則をユーザーレベルから対外公開に拡大する一方で、上記´△慮開そのものは急いでいなかった。大切なのは「公開を決定すること」=「当事者の権利を尊重すること」であり、特にQ-hiveのメンバーが極めて疲弊している状況を考慮して、当事者の了承も得ながら、その公開には事前に十分な時間をとろうと努めた。また、NAM会員達が自ら加担した破壊工作やへっぴり腰を冷静に自省し、その作為や不作為の責任を進んで明確にする限り、公開範囲をユーザーレベルに限定してもよかった。要するに、NAM関係者に必要以上に恥をかかせるつもりは我々にはなかった。

だが、柳原=朽木氏による歴史の偽造は、最終的に攝津氏の行動をひきおこし、 Q-projectや当時の代表部についての歪曲的なイメージが、これまでにない規模で広範に流通するに及んだ。これ以上、配慮や沈黙を貫いて彼らの増長に加担すべきではない。また、これらの資料がレーニンの遺書の運命をたどることも避けたい。Q監査委員会は、当初の決定を再検討し、担当鎌田の責任において、上記二資料の対外完全公開を即時に実行することに決めた。

【注0】これは、後藤学、攝津正、松本治の三氏が、自らの発言について行った訂正要求をそのまま反映させたものである。たとえば、柄谷祐人=原祐人氏の親友?後藤学氏は、「アパッチ野球部」の「アパッチ野球軍」への訂正要求なるものをわざわざ投稿している。オフライン会議後/不正取引直前の後藤氏の尊大な弛緩ぶりは、この一事からも十分にわかるが、我々はこうした愚かなメールをも赦して、資料チェックを地味に正確に続けてきた。――ところが柄谷=原氏は、早速ある掲示板で、「「出席者のその後の訂正要求を踏まえて、鎌田が議事録の細部を適宜訂正している。」という一言から胡散臭さが漂ってきます。ただの捏造じゃないですか」「東大法学部出身と言うのは学歴詐称じゃないか」と、負け犬の遠吠えを繰り返している。同氏は、親父や自分が捏造大好きという理由で、他人も同じだなどと絶対に思うべきではない。頭の悪さはともかくとして、言葉を読みとる歪んだ心に根本的な問題がある。人間が劣等感と怨恨に食い殺される光景を見るのは、本当に情けないことだ。柄谷祐人=原祐人氏は、まず文章の読み方から勉強し直すべきである(ついでに、Q監査委員がユーザーの「代表」でなく「有志」からなることも言っておく)。

【注1】但し、ここでの「一部NAM会員」とは、やりたい放題やった後で「あれは祭りだった」「まだこんなことにこだわってるの」とうそぶくモッブのことだけではない。ここ一番で弱気な阿諛と沈黙を続けながら、今日聞かれもせずに「自分はNAMに絶望していた」と語りだすNAM幹部/原理との契約で入会した自らの手の汚れに全く触れず、今日後出しじゃんけんで偉そうにNAM批判を始める一般会員/理論的にも実践的にも自分達こそ全てを学習すべき存在でありながら、事もあろうに今なお他人に何かを「散種」する気でいる活動家崩れ(ゴロツキー)、それら全てを含んでいる。有名人?か一般大衆かは関係ない。NAMが解散したかどうかも関係ない。自らの「責任」だけは自省できない傍観者達の増長こそが問題なのだ。一体彼らは、ワイドショーで安心しきって和田某を批判する、スーパーフリーの会員どもとどう違うのか。

私は別の場所で、QとNAMの関係を新日本文学と日本共産党の関係に類比した。だがいまや、あらゆるNAM会員の現状は「文学者の戦争責任」のそれに酷似している、と言うべきだ。戦争責任が不可避的に戦後責任を伴う以上、何より標的にすべきは、「戦中」の愚行や傍観ばかりか、それらを「戦後」にとんずら=リセットして逃げ切ろうとする彼らのせこい根性である。その全貌については別の機会に書きたい。

【注2】以下の論点Aは「西部柄谷論争」からの要約、B以下は攝津氏が公開した柄谷氏のメールと、西部氏の反論メールをそれぞれ対照している。必要な補足があれば、今後西部氏自身がするだろう。

A)柄谷:(近畿大学の研究所の客員教授にしてほしいと言ったのは西部氏の側である。私が西部氏に頼んだことを勝手に撤回したというのは、虚偽である)
→西部:(柄谷氏は健忘症にかかったとしか思えない。3月に「客員教授の件」というタイトルのメールで最初に依頼したのは柄谷氏自身である。メールを証拠として提示してもいい)

B)柄谷:「浅田氏が言う「変な権力志向」というのは、当然、西部をふくみます。西部は、私が先日、批評空間を終刊したとき、猛烈に抗議して来たそうです。自分の連載をどうしてくれる、と。われわれから見れば、むしろ、そんなものを載せていて、赤字を作ることを今後続けることはできないということで、終刊したのです。/批評空間社代表の内藤が死んだためにこのような事態にいたったことを残念に思い、それまで載せてもらったことを感謝するというのが当たり前です。しかるに、終刊に抗議する、という身勝手さ。」
→西部:「私は連載が中断することにたいして「猛烈に抗議」した覚えはないですね。むしろ内藤さんや中島さんのことを考え、柳原氏に組合員の意見を聞かない、あまりに突然な解散決定はいかがなものかと質問したのです。」(鎌田補足――西部氏の反論は事実である。無限組合員の中島氏の意向や、組合契約を実質的に無視した解散の既成事実化に異議を述べたのは、批評空間の一般組合員では西部氏と私しかいなかったのだ)。

C)柄谷:「「NAM原理」が出たとき、太田出版では、それを「原理 柄谷行人著」として出しました。NAMという字もよく読めないデザインでしたから、私は見本刷りを見た瞬間、、これは困ると思って、落合さんにいい、また、西部にも伝えました。」
→西部:「彼はメールで、見本刷りを見て驚いた、太田出版の落合さんがこの方がよく本が売れ、財政的にもNAMのためになる(印税も何の相談もなくNAMへ一括寄付となっていた)と判断したからこうなった、これは自分の本意ではなかったと弁解しただけで、落合さんに連絡していないと明言していました。何の訂正もせずに、ただ現状を受け入よというのはおかしいと思ったので、彼に抗議しました。二刷の後扉に太田からお詫びが出ましたが、何もしなければ何も起こらなかったはずです。全てが万事、こうです。」

D)柄谷:「朽木さんが東大駒場の丸山という教授(すべての面で西部の先輩に当たる)にLETSのことでNAMに誘ったら、西部が激昂したという出来事がありました。」
→西部:「柳原氏が、私は北海道にいるのでだれか東京で地域通貨についてすぐにアドバイスをもらえる人はいないのかと聞いてきたので、丸山さんを紹介しました。しかし、彼の丸山さん宛のメールが「西部氏は遠方にいるので、その代理として相談に載ってもらえないか」というような書き方だったので、私の先輩なのだからもっと気を遣って、「代理」などといわず丁寧に頼んでほしい、と忠告したまでです。」

E)柄谷:「彼がNAMとしてやる気がなかったことは、北海道、特に、北大でNAM会員がいないことから明らかです。」
→西部:「北大でNAM会員がいないのは確かにそうですが、私は単に柄谷氏のように、自分の権力がおよぶ学生や部下をどんどんNAMに入れるというやり方はいやだったので、特に勧誘しなかっただけです。こんな言い方は○○学会みたいです。」

【注3】
但し、この種の「精神的な依存」はモッブ(=暴徒)だけでなく、主観的には柄谷氏を相対化した気でいる文化人の場合にも変りはなかった。たとえば、王寺賢太氏は2002年10月、NAMにおいてこう発言した。「西部さんに対する腹立ちがあったのはわかります。僕も、経済学の用語で扮飾して自分の主張を権威づけるような西部さんの物言いには嫌なものを感じた。しかしそれで柄谷さんの「暴言」を肯定されたのでは困る」。

こうした判断は、悲惨な発言が重畳するNAMMLにおいては比較的まともなものだ。王寺氏の言動を「後出しじゃんけん」で模倣して、自分が全てを相対化していたかのようにふるまう恥知らずな連中(たとえば、鈴木健太郎氏は今年秋、「西部忠氏に赦しがたいところがあるのは事実ですが、一般に西部忠氏を担ぎ上げた人こそが後から西部氏を攻撃しているのだから多くの人が「しらける」のは当たり前です」とある掲示板で得意気に書いている)に比べれば、徒労を恐れず現場で発言している分だけましだろう。だがよく読むと、王寺氏は柄谷氏の暴走を批判するかに見えて、彼が作り出すアマルガム自体を少しも検証し批判してはいない。西部氏の「嫌なもの」「赦しがたいところ」をアプリオリに前提し、柄谷氏の捏造したイメージを従順に受容している点では、柄谷氏を盲信した一般会員も王寺氏も全く変りがないのだ。

ほぼ同じことは、柄谷氏が勝手に公開した浅田彰氏の私信の判断についても言える(これを再引用するのは、攝津氏の公開によって、西部氏やQへの信頼が著しく歪められたからである)。「彼(西部氏のこと――鎌田注)のヴィジョンでは、地域通貨も結局モラルを共有するコミュニティの再建といったところに落ち着くだけでしょう。柄谷さんのヴィジョンとはレヴェルが違うわけで、政治的・感情的なことを除いても、決裂は不可避だったように思います」。では、「除かれた」「政治的・感情的なこと」を、浅田氏は一体いつ問う気なのか。柄谷氏の扇動や教唆が強力な影響力をもたらし、その根本的な原因が氏による事実の偽造にある状況においては、何より「事実にたって」(中野重治)の「政治的・感情的」問題の解明こそが不可欠ではないのか。

要するに、メール全体の調子も含めて、浅田氏はへっぴり腰なだけである。NAMの一般会員達がQで自信を持って暴れだした背景には、この種の文化人との誤謬の共有が明確に存在している。より正確には、柄谷氏の事実の偽造と粘り強く戦う精神は、NAM内部の文化人「にこそ」決定的に欠如していた。傍観者としてのこの連中の責任問題は、別の機会に全面的に扱う予定である。

【注4】
穂積一平氏は、特に西原ミミ氏の粗暴さが京都オフ会にもたらす悪影響を鋭く予感し、オフ会以前にこれを再三警告している。「このような状況のなかで、忙しい合間をぬって西部さんに北海道から来ていただくなどいうことをぼくは要請できません。事実上、代表を呼びつけるみたいなふうになるわけです。まず、なぜこういう発想ができるのかということが、はっきり言ってわかりません。さらに同日にあわせて京都(しかし、なぜ京都でなければならないのか、みんなで北海道に集まってもいいだろう)に来ようとスケジュールをあわせている方がおられたとしたら、その方に対しても失礼になるでしょう。これが会議であるためには、その主催者(提唱者、会議をしてくれ、と言っているひと)は、以下のようなことを明示するのが筋です。/a)具体的な会議のタイムテーブル/b)討議内容/c)参加者の確認/d)場所のアナウンス/e)時間の調整/d)集合にあたっての諸経費の処理方法(自腹でくるのか、正式な会議として経費を負担するのか)/e)討議内容の報告方法(以下略)」([q-project 4277] )「細かいことかもしれませんが、西原さんのぼくの会議内容のまとめ要求に対する返答では、いきなり、場所、南無庵、時間午後7時、というふうになっていますよ。だって、集まってくる人間の顔ぶれをみて、緊急的であればあるほど、遠方からくるひとのことを配慮して、そのひとに合わせてもいいわけじゃないですか。/めんどくさいので黙っていましたが、北海道からわざわざやってくる西部さんや、まあ、ぼくのことは言わないにしても、もうすこし、南無庵でやりたいけど、どうですかとか、7時ぐらいでいいですか、とか、そういう提案をしてほしいですし、ぼくがいきなり会議をやらざるをえないとなれば、そういうふうにたぶんします。だって、7時にいけるかどうか、わからんでしょう。/つまり、これが「強引」だとぼくが感じるところです。なぜ、そんなふうに呼び出しをくらうみたいにやられなければならないのか、ぼくには全然わかりません。これを西原節だというのはけっこうですが、仕事を切り上げて、南無庵まで出向いていかなければならないのは、こちらです。バカにするなといいたくもなります。/ぼくは西原さんの状況がどんなもので、Qハイブの活動がどういうふうに生活に支障をきたしているの知りませんが、こちらだって、京都の果てにまで出向いて、明くる日は6時起きで会社にいくわけです。/これら全部がぼくは「強引」だと感じているわけです。こういったことは、はっきり言って会議でなにが討議されるのか、ということとは全然関係ありません。しかし、この「強引」さが会議で噴出しないという保証など、なにもないです」([q-project 4350] )。

おそらく、こうした自己中心性は西原氏や京都の登記班に限るものではなかった。たとえば、攝津正氏は「独房Q」MLの中で、「西部氏は北海道在住という特殊な条件があり、実際に顔を合わせて関東や関西のNAMメンバーと接触していなかった」と全く無意識に書いている(攝津氏は、この文章をあちこちのMLや掲示板に勝手に投稿している)。ここには、関東や関西が「普遍」でそれ以外の地域は「特殊」、という思い上がり以外のものは何もない。君達が毎日「接触」し吐き出す(活動家崩れの古本屋で?だめ連の飲み屋で?)瘴気の悪臭こそが「特殊」ではないのか。あまりに「実際に顔を合わせ」すぎたことが、君達を排他的な村人集団ないしは宗教団体に変質させたのではなかったか。そういう内省の生じる余地が全くないのだ。――オフライン会議の決定的な争点は、大多数のNAM会員が信じていたような、ML至上主義かその批判か、ではなかった。むしろそれは、MLの問題点を痛感しながら、運動の排他性や地域性を批判するためになおMLを正式会議の場として選択したグループと、ML批判=オフ会の優越を口実に、美学的なハッカー主義や偏狭な地域主義に転落したグループとの対決だったのである。後者の実例が、京都の登記班や東京の攝津氏達(amour-qグループ)の末路であることは言うまでもない。

【注5】紙数の都合で、以下では西部氏のメールだけを掲載しておく。
Date: Thu, 22 Aug 2002 10:59:21 +0900
From: nishibe <********>
Subject: [q-project 4267] 全−重要−電話について

西部です。

確認したいことがあります。

宮地さんは[q-4151]でこういっています。

>これについては、先にある方からの電話による伝言で、登記人のみなさんが、円の支
>払いを要求されているとお聞きしたときに、これから始まる2回目以降の対価支払の
>なかで決定したいと思うと、DMで(なぜなら正式な議案提出がなされていないか
>ら)お知らせしたはずですが。それに対して、なんのお答えもありませんでしたの
>で、納得していただいたと思っていました。

これにたいして,福西さんが[q-4154]で答えています。

>電話したのは、私です。私のように素朴な発言しかできない人間には議案の提出は
>無 理だと
>思いました。なぜなら、私が「ええとこ見せようとして」いたからです。
>なぜ、私が、オフライン班(西原さん、茨木さん、後藤さん)の事情を知っている
>の かから説明
>しないといけませんし、オフライン班の方々に正式に陳情を依頼されたわけでもあ
>り ません。
>電話したのは、根回しというか要するに密室ですね。
>
>少し説明します。
>
>KQCの円経費の精算に(後藤さんに円を渡しにいった)南無庵へいったとき初めてオ
>フライン班の方々に
>お会いしました。そのときから、茶会などのイベントが提案されまして、オフライ
>ン 班の方々との交流
>が始まりました。宮地さん、(お客としてパンを数回、買いにいった)とオフライ
>ン 班の方々には、
>ずれがあるなと思ったので、事情をお伝えしようとしました。「ええかっこ」して
>い たのです。
>MLへの投稿は、一切しませんでした。
>
>なぜ、電話したのか
>
>6/20に行われたオフ会にて話しあわれたことの中に、(後で気がついたのですが)
>オ フライン班の円+Q支払いに
>ついてなにも話題になりませんでした。オフ会の時間も短かったので、無理もない
>こ とですが、「大切なことでは
>ないのか」と勘が働いたからです。

これらの文章を読んだ人には全てが伝わっていないと思います。宮地さんが,おそらく意図的に福西さんとの会話の重要な部分を省略したからです。これは,彼なりの配慮なのだと私は理解しています。

その時の内容は,

宮地さんが、オフ会で登記人への円の支払いを議題にしなかったのはおかしい。登記班は、円の支払いを要求している。1日ひとり1万円×4人×月5回=20万円/月は必要である。

というものだそうです。これは,私がだいぶ後に宮地さんからのDMで間接的に聞いた話でしかありません。これは正しいのかどうか,これが二人の間の電話における会話である以上,私には確証する手だてはありません。

もしもこれが正しいとして,なぜこのような重要なことがこのMLで提案され,話し合われなかったのでしょうか。しかも,登記人ではない福西さんがメッセンジャーになっていたのでしょうか。お金のことが絡んでいるからかもしれません。また,登記人班の方がMLに不信感を持っているからなのかもしれません。

これは,登記班を代弁者と副代表(会計担当者)の間の会話です。しかし,Qハイブの他のメンバーには,代表である私を含め,知らされていませんでした。私がMLに必要以上にこだわったとすれば,このことがあったからです。そして,私もまたこれをここで書くかどうかいままで躊躇してきたのです。
一つには,これが金銭上の問題だから,登記班の方々がMLでは書きたくないと考えたのではないかと思ってしまうからで,もう一つは,これがあくまでも伝聞であるということです。結局,配慮や伝聞が疑心暗鬼を生みます。不信というのは,そういうところから生まれてきます。私はこういう事態を避けたいと考えているのです。

もし登記班がこの金額を希望されたのだとしたら,いまのQハイブには払えませんと率直に言うしかないでしょう。それでは,私たちはできませんということで,登記班は業務を辞めると言われるかもしれません。私は,もしそうなったとしても仕方のないことだと思います。むしろそうならば,そうとはっきりした方がいい。お互いに不信と不満が募るばかりです。福西さんや後藤さんのメールによれば,登記班のメンバーはすでに生活に支障を来しているということです。そうならば,登記業務を一旦停止していただいてもいいとも思います。

このこと一つとっても,電話による会話をQハイブの正式の通信手段として認めるべきではないと思います。これは意思決定全般に対してマイナスの影響を及ぼしかねないからです。

【注6】宮地氏は、[q-project 4340]で次のように書いている。
Date: Sun, 25 Aug 2002 21:15:53 +0900
From: "go" <********>
Subject: [q-project 4326] Re: 全 - 報告-  西原さんとの話し合い−組織と会計管理3

宮地です。

先のメールで、ぼく自身の個人的責任について言及し謝罪しているので、これ以上は謝りません(笑)。これからは「責任はあるが責任はない」会計部員として発言します。

> 大変厳しい表現になってしまいますが、これまでの会計部の業務怠慢は
> 責任追及されてしかるべきです。宮地さん一人だけを個人攻撃している
> わけではありません。最近入部された石黒さんを除いて、会計部には
> 複数の担当者(西部さん、宮地さん)がいたわけですから、多数のユーザー
> からいただいている大切なお金であること、Q管員間で分配されるべき
> みんなのお金であることが、ちゃんと認識できていたならば、どれだけ
> 忙しかろうと今まで一度は会計月例報告があがっていたはずです。

まず、この認識ですが、Qハイブのお金は、みんなのお金ではありません。会社であろうが、協同組合であろうがNPOであろうが、それらが集金したお金は「みんなのお金」ではありません。それくらい常識でしょう。つまりQハイブのお金は、Qハイブのお金であるということです。

そして、それがみんなに分配されるべきかどうかも、まだ決定されていません。もし、Qハイブのお金がみんなのお金であってみんなに分配するものであるというような決定がどこかでなされているなら、西原さん、明示していただけませんか。ぼくが読みおとしているのかもしれませんので。そしてそのような「みんなのお金」という認識と、月に一度の月例報告とがどう結びつくのかをもう少しわかりやすく説明していただけますか。

> このような「認識の甘い」ままのQ管で一人業務体制の「専従制」を導入
> することは非常に危険なことです。最悪の場合、私物化される可能性が
> あるからです。会計部には複数担当者がいたにもかかわらず、会計部は
> 機能していなかった。Q管員のみなさんはこの事実を重く受け止め、
> 決して忘れないで下さい。この事実の反省に立脚したうえで、
> どのような「専従制」であるならQ管は組織として成り立ちうるのか、
> 具体的に模索していきましょう。

西原さんが言われているのは、「みんなのお金」つまり「当然わたしのお金も含まれている」を宮地が専従者となって私物化するかもしれないということですね。ぼくにはそうとしか読めませんが。

それに会計部が機能していないというのは御幣があるでしょう。現に滞りなく、京都事務所への支払いは行われていますし、サーバ使用料も支払われています。月例報告がなされていないことのみで、あたかも、会計部を、ぼくが私物化しているような印象を与えるような表現は慎んでいただきたい。

これははっきりいって侮辱です。今まで事実関係をみなさんに知ってもらうために黙っていたけれど、これからははっきり言わせてもらいます。

> 以下、会計部の重要性について、少しだけ触れておきます。
>
> 会計業務は最も重要な基幹業務です。組織の土台となる会計業務が
> 厳正に行われなければ、必ず人間関係において金銭上のトラブルが
> 発生します。Q管にはおカネもモノもない。あるのは人材だけです。
> 金銭上のトラブルで信頼関係を失いQ管員がQ管を去っていくこと
> になれば、人材のみが頼みの綱であるQ管は一挙に崩壊してしまい
> ます。

今いったように会計業務は月例報告なるもの以外は現在は正常に行われています。渡辺さんのときに、それが不可能に近かったことは、西原さんもご存知のことではないですか。また、いま、Qハイブのどこに、会計部の職務怠慢によって金銭トラブルが発生しているのですか。

> 会計報告は、金銭トラブルの回避だけでなくQ管を全体把握するための
> 必須です。会計上の情報開示がQ管員になされれば、今後各部で
> どれだけの予算配分を行うか、Q管全部とのバランスを考えながら現実に
> 即した具体的戦略を練る重要な判断材料になるためです。宮地さんには
> 昨夜の電話でお話していたQパンフの例を上記にご説明いただきましたが、
> Qパンフの失敗を繰り返さないためにも、Q管員はQ管の全体予算を把握
> しておく必要があるのです。

パンフを失敗とおっしゃるが、失敗である理由をきちんとしたデータや何かで証明できるのですか?一般の企業では、どこそこの団体に何部配るとかいった戦略で作るものだというような月並みな批判はやめてください。組織ごとに目標が違い、また段階毎に求められているものは違うのです。あの時点では、LETS-Qという説明しにくいものを、友人や知人にわかりやすく説明するアイテムが求められていたのではないですか?たとえ学級新聞みたいなものであろうが、デザインがなっていない(西原さん評)ものであっても、その目的は、Qパンフは充分に果たしていると思います。

> 先に会計部の現状を非難しましたが、もちろん、会計部の業務怠慢を
> 今まで指摘してこなかった私を含めた他の部のQ管員にも責任はあります。
> かりに不信に思っていたとしても、MLでいきなり問題指摘するのも憚ら
> れると、躊躇されていた心優しきQ管員の方も少なからずいらっしゃった
> のではないでしょうか。オフラインで対面でやんわりと相手を傷つけない
> 程度に打診や依頼をすることはできても、ML上で突然の問題指摘や
> 反対意見を述べることは「感情的な対立」を生みかねないリスクを負います。
> 面識があり信頼関係がすでに築かれていたなら、たとえぶっきらぼうな
> メールであっても相手側に正確に伝わるのでしょうが、MLはとかくあらぬ
> 方向に進みがちです。すぐに茶番劇や戦場に取って代わってしまう。
> みなさん、もう何度も経験済みですよね。それを避けるためにも、少々
> 強行突破的な要求手法となりましたが、現場を一番よく知っている私たち
> 登記人は正式なオフライン会議を開催しておきたかったのです。

これは人間認識やコミュニケーションについての考え方の違いでしょう。ぼくにとっては、メールだけの交際でも充分に信頼できる方々は、Qハイブのなかに大勢おられます。それにオフラインでも信用できないやつは信用できないのは当たり前の話です。

オフラインでの交流が信用を形成できるといわれるならば、次のことにお答え頂きたい。

先に西部さんが、福西さんからぼくがお聞きした登記班の対価要求の具体的な金額について書かれています。ひとり一回1万円でつき5回だから、登記班は、**さんを含めて、20万円くらいは欲しいと、ぼくは確かに福西さんから聞きました。すぐに、そんなカネはない、せいぜい四人で月3万円、とすぐに答え、茨木さんに次のようなメールを出しました。DMですので、本来は公開すべきではありませんが、事態が事態だけに、お許し頂きたい。

(引用開始)
宮地です。

茨木さん、おはようございます。このあいだは、どうもありがとうございました。で、レスが遅れてすいません。
> **私信につき非公開**
>
>

そうしていただけると助かります。領収書は京都事務諸経費のなかに入れておいてください。

> **私信につき非公開**

それから、福西さんから電話でお聞きした京都チームへの対価支払いの件なんですが、いろいろ考えたんですが、やっぱり京都チームだけ独自に行うことは組織運営上いろいろと弊害があると思います。そのあたりの事情をご考慮ください。

それで、これから第二次対価評価を行っていきますので、その中で、京都チームの対価評価を行うということになります。なにぶん財政難ですので、ご希望通りの対価額支払いは難しいかもしれませんが、先の渡辺さんへの支払い例を踏まえつつ、なるだけご希望に近づけるようにしたいと思いますので、ご了承ください。また、もしなにかありましたら、DMでも全体MLでもいいのですので、ご連絡ください。なお、この件について、宮地がこんなふうに考えているとのことを、西原さん・後藤さんにお伝えくださいませんか。

よろしくお願いいたします。

ではでは。
(引用終わり)

気になるのは、茨木さんが文中述べられている「宮地さんからお預かりしているお金」という表現ですが、まあ、細かいことはこの際、ほっておきます。

これに対しての返答はありませんでした。それもまあ、いいでしょう。

しかし、ぼくが問題にしたいのは、ぼくがオフラインの会議に出かけ面と向かっているのに、そのことを一言も口にしなかったこと(これは事実です)、それはその理由が、オフ会に、杉原さんが参加されていて、杉原さんは、Qに円をいれること事態に反対されておられるような方だから、杉原さんの前では、ぼくに円の報酬要求は出来なかった(これは福西さんからの伝聞)ということです。その理由がホントかどうか、まずお聞きしたい。それで、ぼくが帰り、杉原さんが帰ってから、宮地が登記班への円の報酬を議案に上げなかったのはおかしい、と言う話になった(これも福西さんからの伝聞)というのも本当ですか。

それらが本当でなくっても、別に謝罪するつもりはありませんが、とにかくお答えください。

ぼくには、少なくとも、オフラインでであっているあいだに、一言もそういったことを伝えてこなかったのは事実であり、後日、伝言によってそういったことを要求されたのも事実なのだから、ぼくは西原さんがいうオフラインでの信頼形成に対して、率直にいって、強い疑念を抱いています。はっきり不信感といってもいいです。実際に会っても、本当のことを言わなければ、信頼関係など築けるはずもないでしょう。

> 多くの皆さんが会議開催に理解を示し、実施に向かっていることは
> 大変ありがたく思います。また、今回の会議開催を要求している過程で、
> 現登記人をサポートするため、福西さんが率先して連絡網を構築して
> くださったこと、後任の登記人として杉原さんと穂積さんが名乗りを
> 挙げられたことは、非常に勇気づけられました。
> この場をお借りして感謝申し上げます。
>
> 全体会議開催は正式に決定しました。

全体会議ではありません。

> さて、そこで早速ですが、宮地さん。
> 29日の会議に通帳を必ず持ってきていただけますか。これまでの
> 会計報告を今月末までに作成していただけると電話でお約束いただき
> ましたが、作成には時間もかかることですし、取り敢えず通帳のコピーを
> 会議出席者のみなさんで配布して確認したいと思います。それだけでも
> Q管員の信頼を得るための立派な情報公開になるはずですので。

これについては穂積さんが指摘されていますが、ぼくも穂積さんの意見に賛成します。もちろん、もっていくことに躊躇いも何もありませんが、それをもって会計部の責任追及だとかなんだか、わけのわからないことをおっしゃらないように願います。

とにかく上記のぼくの質問に答えてください。答えたくないことには答えないと言う態度では、もう済まされませんよ。

明日は、「会計管理についてー2」と「国際会議について」を書きます。

国際会議で感じたことは、加藤敏春を中心にして、産管民が一体になった地域通貨ビジネスが形成しつつあるという危機感です。これが広がり、地域通貨法とかが出来て、エコマネー以外が認められなくなってしまう可能性もありそうな勢いです。詳しくは明日書きますが、はっきりいって、こんなことをいつまでもしている場合じゃない、ということをみなさんにご理解していただきたいと思います。

【注7】
これは上記資料に限らず一般的に言えることだ。たとえば、柄谷行人氏やその追従者がNAMのMLに投稿した多くのメールや、柄谷氏がQ-hiveのNAM会員に脅迫的に辞任を促した私信は、Q-projectの運営に客観的に大きな混乱をもたらしてきた。この場合、いかにNAM資産管理委員会がNAMMLの著作権の承継を主張しても、それを根拠に自分の権利だけが一方的に保護されると思いこむべきではない。

【注8】
だが、柳原=朽木氏は別に少数派だったわけではない。高山大祐氏と私は非NAMの最初の監査委員であり、それ以後も、NAM事務局長を兼任する浅輪剛博氏のように、不正取引の三人を表彰しろ、と主張する者さえ当委員会には出現したことがある。自分の主張の正当性に自信はあっても、私自身がいくつかの案件で連敗?を重ねた。情報公開の件についても気がかりがある。私の主張が僅差で通ったのは、あるNAM会員の監査委員が投票を棄権した事実によっている。彼の動機を忖度する資格はないが、「理性を公的に使用せよ」と言いながら、実際にはNAMや柄谷行人氏の私的利害にかなうよう踏絵を迫る雰囲気が横行する中で、「棄権」自体にかなりのエネルギーが必要だったはずだ。その監査委員に深く感謝すると同時に、彼の決断が生活的にも学問的にも、不当な不利益をひきおこしていないことを祈らずにはいられない。 
 
 

プリンタ出力用画面 友達に伝える


Q−NAM問題の公開資料
lets_thinkの公開