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地域通貨について

(1)地域通貨ってなに?

みなさんは地域通貨ってお聞きになったことがありますでしょうか?新聞やテレビで時々取り上げられますのでご存知の方も多いのではないかと思います。

地域通貨について簡単に言ってしまえば一定の地域で流通する通貨ということになります。

円やドルといった一般通貨は世界中で使用することができますが、地域通貨は一定の範囲内でしか使えないわけです。この一定の範囲というのはそれぞれの地域通貨によって多様です。地域の住民だけが参加しているものもあれば、関心(たとえば環境問題)を同じくする人が参加しているものもあります。ちなみにQではインターネット上で取引決済できるため参加者はグローバルに広がっています。

それにしてもなぜ今、地域通貨が人々の関心を集めつつあるのでしょうか?

そもそも地域通貨の歩みを振り返れば19世紀末にイギリスのロバート・オーウェンが始めた労働証券に発祥を見ることができます。

当時のイギリスは産業革命華やかし時でしたが新しい産業発展のもと、時勢に乗って多大な富を築く者がいる反面、これまで家内自営業や農民といった人たちの中には産業革命について行く事ができず仕事を失い貧困にあえぐ生活を余儀なくさせられるという深刻な状況も生み出しました。

このような中、貧困を改善する様々な社会運動が生まれましたがオーウェンが注目したのは貨幣というシステムでした。

貨幣の特長は流通範囲がグローバルに広がっていて誰でも、それを得て使うことができます。これはモノやサービスの交換を拡大発展させていく手段としては大変優れています。というか貨幣なくしてはそもそも取引、流通は起こらないといっていいでしょう。

しかしながらこの貨幣が取引、流通、富の偏りを生み貧富の格差を発生させてしまうのも事実です。

オーウェンは貨幣の特長を残しながら貧困層の人々にもお金が行き渡るようにと地域だけに流通する通貨ー労働証券というものを考え出しました。

この試みは必ずしもうまくは行きませんでしたが、オーウェンのアイディアは、その後第二次世界大戦のきっかけとなる大恐慌の時代にもリバイバルし世界各地で地域通貨による取引が行われました。

そして現在20世紀末から進行しているグローバリゼーションによる経済格差と地域経済の衰退は、再び地域通貨の可能性を蘇らせていると言えるでしょう。

(2)地域通貨の特色

それでは一定の範囲だけで流通する通貨ー地域通貨、その特色はどのようなものなのでしょうか?

1.信頼を基盤とした互酬的交換(二者間の贈与と返礼というやりとりではなく、多数の自発的な参加者が必要なモノやサービスをお互いに提供しあうこと)を目指す

みなさんは円でモノを買うときにどんなことを基準にして買っていらっしゃるでしょうか?安い商品であるか良い商品であるか自分に必要な商品であるか、きっとこんなことを考えて買っていらっしゃるのだと思います。自分の会社の商品や知り合いの商品だからということで購入する場合もあるでしょうが、このような場合往々にして強制的だったり売った側の心理的負担になりがちです。

これに対し地域通貨は参加者が独自の貨幣により結ばれることにより、自分の利益のためだけではなく参加するコミュニティのことも考えて取引するような傾向を促進するツールです。これは一般通貨がグローバルに流通することにより貨幣の行き先が不可視なのに対し地域通貨においては貨幣がコミュニティを循環するため取引において参加者への信頼を基盤とした互酬的交換を可能にするわけです。

2.地域通貨の域内循環により地域経済の自律的な成長を確立し、インフレや失業の問題を解決する

今までも述べてきましたように一般通貨において貨幣はグローバルに流通します。このことはモノを売り買いする際は、安く良い商品ならどこで作られた商品でもいいわけで、実際身の回りを見ても、地域から小売店など零細自営業者はどんどん閉店に追い込まれ企業管理によるスーパーや郊外型ショッピングモールに取って変わられています。この傾向は地方にいくほど顕著で町から商店は消え空洞化が進んでいます。

このことが意味するのは地域からは大型店を通じてお金が流出するばかりで戻っては来ないということです。これにより人は生活費を得るために外へ働きにいくか都市へ引っ越すことを余儀なくさせられるわけです。

今日、地方の過疎化と都市への人口集中はグローバルに展開する貨幣に原因があるのです。こういった状況を改善しようと地方の町では地域通貨を立ち上げる事例が増えています。地域通貨ではお金が参加者の間でのみ流通するため外部へ流出することがありません。これにより地域内におけるモノの売り買いが増え地域経済が活性化する可能性が出てくるわけです。

3.ゼロないし負の利子により信用創造、投機、独占的な資本蓄積を阻止し、財やサービスの取引を活性化する

通貨において負の利子というのを導入しようと考えたのはシルビオ・ゲゼル(1862−1930)でした。彼はアルゼンチン政府の通貨政策により事業に打撃を蒙ったのち貨幣を変えることが経済活動の安定につながると考え「時間とともに減価していく」負の利子というのを思いつきました。彼によれば財(モノ)は時間とともに劣化していくのに貨幣のみは減らない、それどころか利子がつく、これが貨幣の滞蔵につながりモノが売れなくなり不況に陥るというものでした。

今日、北海道大学の西部忠氏はゼロないし負の利子は貨幣滞蔵の抑止のみならず資本主義経済の要である信用創造(下記参照)を阻止するものであると言っています。

信用創造は貸付額の増大を生み独占的資本の蓄積を促進したり、投機的取引への貸付によりバブル経済を引き起こしたりするのですが、負ないしゼロ利子の地域通貨においては銀行業務のような大規模な貨幣滞蔵や貸付が発生せず独占的企業や投機目的の取引が生まれてこないのです。

「信用創造って何?」

民間銀行などの金融機関は、預金の一定率をいつでも預金者からの支払いに応じることのできるように日銀に無利子で預けるように法律で決められています(準備預金)、言い換えれば準備預金以外の部分は企業などへ貸付することができるわけです。今、準備預金の割合を10%だとしましょう、また私たちは持っているお金を全部現金で持っているわけではありません。現金はごく一部で大部分は預金しています。仮に私たちのお金のうち預金する割合を10%として見ていきたいと思います。

(1)1回目の貸付:A銀行は100万円の預金のうち一割の10万円を支払い準備として日銀に残して9割を会社に貸付ますから90万円が貸し出されます。

(2)1回目の貸付の預金:貸し出された90万円を会社は支払いに当てたとして受け取った人は9割を預金しますから81万円が預金としてB銀行に戻ってきます。

(3)2回目の貸付:B銀行は預金された81万円のうち一割の約8万円を支払い準備として日銀に残して9割を会社に貸付ますから73万円が貸し出されます。

(4)2回目の貸付の預金:貸し出された73万円を会社は支払いに当てたとして受け取った人は9割を預金しますから約66万円が預金としてC銀行に戻ってきます。

(5)3回目の貸付:C銀行は66万円の預金のうち一割の約7万円を支払い準備として日銀に残して9割を会社に貸付ますから約59万円が貸し出されます。

(6)3回目の貸付の預金:貸し出された66万円を会社は支払いに当てたとして受け取った人は9割を預金しますから約60万円が預金としてC銀行に戻ってきます。

以上を読んだだけでも最初に預金された100万円がA、B、C銀行それぞれで222万円の貸付として利用されたことがわかります。このように連鎖することによって銀行総体としては最初の100万円が最終的には5.5倍の555万円の貸付可能額として利用することができるわけです。まったく驚くべきシステムですね(^^

こういった信用創造のしくみが資本主義経済をささえているしくみの1つなのです。

4.人々の間に協同や信頼の関係を築き貨幣交換へと一元化しているコミュニケーションを多様で豊かなものにする

私たちは毎日、お金を使って生活しています。お金なしには一日でも暮らすことはできないといっても過言ではないでしょう。このことが意味するのは、モノとモノ、ヒトとヒトの関係のかなりの部分がお金によって規定されていると言えるのではないでしょうか?

こうした状況がもたらしているのは人々が利己的になり、その関係がよそよそしく冷たいものになってしまうということです。「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉もあるようにお金は人と人との共同体的な関係を切断し、それを利害的な関係に変えてしまうのです。

今日、こうしたことによりコミュニティの衰退が進み家族の崩壊・都市のスラム化・地域におけるコミュニケーションの欠如等、様々な問題につながっています。では地域通貨の取引ではどうなるでしょうか?

ここでも、もちろん人々は自分の利益を考えて行動するのは同じです。しかし参加者が限定され同じ関心、地域に基盤を持っている地域通貨においては取引において利己的になると同時に他人にのことも考えて行なう(コミュニティへのコミットメント)傾向を持つと通貨なのです。

こうした作用は人々の間に友好、相互扶助、感謝、信頼といった関係を深くするため参加者同士のコミュニケーションが多様化し豊かなものなります。

5.個人の福祉、介護、救援などの非市場的サービスを多様な観点から評価するしくみを提供し、それらを活発にする

昨今は結婚を望まない人が増えてきたと言われまよね、特に女性にとって結婚生活は家事や育児に時間を取られてしまい仕事との両立を難しくするものとして敬遠されがちになっています。ただよく考えると仕事が好きで結婚しないというよりも家事や育児といった労働はつまらないという理由で結婚に踏み切らない場合の方が多いのでしょうーこれは男性、女性ともに当てはまることだと思います。

このような価値観になった背景に円での経済活動の浸透により家庭内労働も他の賃金労働と比較されるようになったため、直接には利益を生まない労働である家事や育児、介護などが回避されるために起きていることと言えると思います。

現在、少子高齢化が深刻な問題となり家庭内労働も収益性といった観点から家事、育児、介護サービスなど新しい産業が生まれています。

しかしこういったサービスは収益を基盤としているため、どうしても冷たい人間関係にならざるを得ません、またその労働の特殊性からいって完全にカヴァーすることは不可能でしょう。

そこでこのようなあり方を変えるものとして地域通貨の可能性があるのではないでしょうか?

取引において自己の利益とともにコミュニティへのコミットメントを同時に成立させる地域通貨は参加者間の信頼や相互扶助といった感情を促進させます。これらは家事、育児、福祉、介護、救援などのサービスに円における取引(収益性)と違った評価を行い、その取引を促進させるのです。(文:松原克彰)

参考文献等
・「地域通貨を知ろう」岩波ブックレット
西部忠著
・「豊かなコミュニティづくりを目指す地域通貨の可能性−地域社会の創造的な活性化を求めて−」
(西部忠監修,北海道自治制作研修センター,2001.3)

以下は「豊かなコミュニティづくりを目指す地域通貨の可能性−地域社会の創造的な活性化を求めて−」(西部忠監修,北海道自治制作研修センター,2001.3)からの転載です

地域通貨の種類
                    
紙幣形式

 栗山町「クリン」、滋賀県草津市「おうみ」及びアメリカ ニューヨーク州イサカ市「イサカアワー」などに代表される紙幣を発行する形式の地域通貨は、実際に紙幣というモノが存在することから、見て触れることが可能であり、また、紙幣自体にコミュニティ独自の図柄や標語を印刷するにより、非常にシンボリックで多くの人々に対するアピール性を有すると同時にコミュニティ内外に向けたメッセージを発信することができる。
一例として、「イサカアワー」では、紙幣の真ん中に有色人種と白色人種の子供が寄り添った姿を描くことで、「人種を越えてみんなでコミュニティを築こう。」というコミュニティづくりのポリシーを込め、また、「TIME IS MONEY」という標語を入れて労働時間が価格付けの尺度であることを言い表している。紙幣の裏には、「ITHACA HOURS stimulate local business by recycling our wealth locally, and they help fund new job creation. ITHACA HOURS are backed by real capital: our skills, our time, our tools, forest, fields and rivers.(イサカアワーは、地域の富を循環させることにより地域ビジネスを元気付け、新しい仕事をつくり出す。イサカアワーは、私たちの技能、時間、道具、森、畑、川などの本当の「資本」に裏打ちされている。)」というメッセージが書かれている。

図2-1-1 「イサカアワー1/4HOUR」(紙幣表〜子供)〜「ITHACA HOURS HOME PAGE」より転写

図2-1-2 「イサカアワー1/4HOUR」(紙幣裏〜標語)〜「ITHACA HOURS HOME PAGE」より転写

紙幣形式の地域通貨の財やサービスを受けた後に紙幣により支払う方式は、使い慣れている法定通貨と同じであるため、使用感覚に違和感が無く、また、個人間の取り引きが簡便で匿名性があることから、参加者にとって扱いやすいといった特徴がある。このため、地域通貨を有する非参加者(地域通貨グループに登録していない者)との取り引きも可能であり、不特定多数に広がりやすいという利点がある反面、現実的に流通範囲を限定することは困難で、範囲が拡大し参加者が増加するほど管理運営が難しくなると共に管理コストが増大するなどの問題が生じる。特に、通貨システム運用に関する決定権限(紙幣の印刷、発行単位、発行方法、寄付など)が集中することとなる管理運営団体は、参加者に対する責任説明を重視し、曖昧になりやすい参加者数の増加・貸付や寄付に伴う通貨追加発行に関する基準やルールの明確化を図り、インフレーションを未然に防ぐためにも適切な通貨供給量管理に努めなければならない。また、通貨偽造や「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」・「紙幣類似証券取締法」などの法律上の問題が生じる可能性がある点も課題の一つである。

2 記帳(口座)形式

追分町及び苫小牧市 交換リング「ガル」、千葉県千葉市「ピーナッツ」及びカナダ・バンクーバー島のコモックス・バレーでマイケル・リントンにより創始された「LETS」などに代表される記帳(口座)形式の地域通貨は、紙幣発行は行わず、財やサービスを取り引きした後に参加者各自が所有する通帳や管理運営団体が管理する電子上の口座などにお互いの受け渡し結果を記録する方式である。イギリスなどの「LEST」グループでは、通帳の代わりに小切手が利用されており、管理運営団体が発券された小切手の回収、取りまとめを行い、取り引き結果を各参加者の口座に随時整理する仕組みとなっている。取り引きが生ずると、提供した人は黒字(プラス)、受けた人は赤字(マイナス)を各自の通帳(口座)に記録することとなる。このため、参加者個人には黒字若しくは赤字を持つ人が出てくるが、どの取り引きの後でも参加者全体で見ると、黒字の合計額と赤字の合計額は等しく、常に通帳(口座)の黒字と赤字の総和はゼロになる「口座集計相殺原理」が記帳(口座)形式の地域通貨の大きな特徴となっている。また、取り引き前に元手を必要とする一般的な市場経済原理とは異なり、通帳(口座)残高がゼロからでも取り引きを始めることができるといったメリットも合わせ持っている。

もう一つの特徴は、紙幣形式が管理運営団体等による集中発行であるのに対し、記帳(口座)形式は自己の自律的判断による分散的な発行であり、参加者個人の信用保証の連なりによって構成されているため、第3者による信用創造を招くことはなく、メンバーシップの中でスムーズな運営が可能となることである。特に、参加者間の信頼関係が通貨発行の拠り所となっていることから、人と人とのつながりを回復し、コミュニティへの信頼感を取り戻す効果が大きいと思われる。なお、参加登録制であるため、誰が参加者かがはっきりしており、流通範囲を明確にすることができるといった利点もある。その反面、通帳記録に手間のかかること、通帳残高を含めた口座管理が必要なこと、通帳が本人の自主管理のため曖昧さが残ること、小切手の場合は一般社会に小切手自体馴染みが薄く、システムとして普及しづらいこと、更には取り引きの際に非匿名性などが課題としてあげられる。しかし、これらの課題は、ICカードやインターネットなどのIT技術を活用することにより解決することが可能である。また、赤字を累積する人やフリーライダー(ただ乗り)などの反社会的行為が発生する可能性もあるが、海外では、管理運営団体による参加者全員の通帳(口座)残高の公開、赤字下限値の設定及び赤字を長く抱える人への助言・指導などのルールづくりにより対応してその結果を「ガル帳」に記載するということも行われています。

3 手形形式

大分県湯布院町「yufu券」、日本全体を流通範囲としている「ワット券」などに代表される手形形式の地域通貨は、財やサービスの受けた後に受益者個人が手形(借用証明書)を振り出し、相手が通帳を持っていなくても、取り引きを行うことのできるタイプである。「yufu券」や「ワット券」では、発券された手形が通常取り引きの際に参加者間を巡る仕組みとなっている。そのシステムは記帳(口座)形式の地域通貨の基本的考え方に類似しており、発券行為は記帳(口座)形式でのマイナスの発生、手形が戻る精算行為はポイントがゼロになること、手形を持っている状態はポイントがプラスにあることを表わしている。また、紙幣形式と記帳(口座)形式の長所を併せ持っており、特に記帳(口座)形式と比べると、お互い通帳への確認サインが難しい遠方の相手との取り引き(例:資料や物品を送付してもらう)に適していることや煩わしさの軽減(例:残高管理が不要、互いに手帳を持ち歩く必要が無いこと、取り引きする一方若しくは第三者が未使用の手形用紙を持ってさえいれば取引ができること、記帳の手間の軽減等)が利点としてあげられる。また、発券された手形は裏書き欄を見ることで、ここまでの使用経路が分かり、コミュニティへの帰属感が深まることとなる思われる。

図2-1-4 「yufu券」(借用証書 表)〜『地域内交易システム「yufu」ホームページ』  より転写

図2-1-5 「yufu券」(借用証書 裏)
〜『地域内交易システム「yufu」ホームページ』より転写

その反面、殆どの日本人は日常的に手形や小切手を使う習慣が無く、地域社会にとって馴染みが薄いことから、システムとして普及しづらいこと、参加規模が大きくなるほど流通範囲を限定することや個人から発券される手形による貨幣供給量及び精算されずに流通している手形の流通量を把握することは極めて難しいこと及び新しい手形用紙を入手することで赤字を累積する人やフリーライダー(ただ乗り)などの反社会的行為が発生する危険性が高く、これを監視、管理することが困難であるなどの課題が想定される。
使用方法について、「yufu券」を例に紹介する。発券する場合、yufu券は「借用証書」方式なので、財やサービスの提供を受けた人は表面の(乙)の欄に財やサービスを与えてくれた人の名前、(甲)の欄に自分の名前、上部右欄に取り引きするyufu(=yufu券の単位)の額を記入し、取り引き相手に支払う。これで手形発券時の取り引きは終了する。発券者からyufu券を受け取った相手は、このyufu券を参加者間の別な取引の際に、表面に記入された額面の支払い手段として使うことができる。その時は、裏面に使用者の名前(いま券を持っている自分の名前)と支払先の名前を記入することとされており、新たな取り引き度に人と人との協力、助け合いの歴史を記録しながら、多くの参加者の間を巡り渡るわけである。そして、ある日、自分に対して自分が発行したyufu券が支払われると、それは自分の借用証書を自分が取り戻したこととなり、このyufu券(=借用証書)はお役ご免となる。「ー蠏舛糧券による取り引き→通常の取り引きの支払い手段(流通)→H券者の元に券が戻り精算」という経路を辿る多角間の精算を実現するシステムである。

通貨発行形式による地域通貨の特徴

通貨発行形式

長      所
短      所
匿名性があり誰もが現行通貨と同じような感覚で使える 不特定多数に広がりやすい
個人間取引の際に簡単にやりとりできる 発行団体による信用創造を招く可能性が有り、通貨発行の条件の明確化や発行量の管理が必要である
アピール性、メッセージ機能を有する 流通範囲を限定することは困難である〜範囲や参加者数が拡大するほど、管理運営が難しくなる。(管理コストの増大等)
地域通貨を有する非参加者との取引が可能 発行権限が運営管理団体に集中する
通貨偽造問題が生じる可能性がある
法的問題を生じる可能性がある


記帳(口座)形 式

長      所
短      所

各個人の信用保証の連なりによって構成されているため、信用創造が起こらずメンバーシップの中でスムーズな運用が可能。元手ゼロからでも交換が始められる

手帳式の場合、手間がかかる
新しい人と人とのつながり、コミュニティを構築しやすい 小切手式の場合、一般社会に小切手自体馴染みが薄く、システムとして普及しづらい
流通範囲を限定できる 口座残高管理が必要となる
手帳が本人の自主管理になるため、曖昧さが残る
・モラル・ハザード問題が生じる可能性がある

手 形 形 式

長      所 短      所
各個人の信用保証の連なりによって構成されているため信用創造が起こらずメンバーシップの中でスムーズな運用が可能 不特定多数に広がりやすい
元手ゼロからでも交換が始められる 一般社会に手形自体馴染みが薄く、システムとして普及しづらい
新しい人と人とのつながり、コミュニティを構築しやすい。遠方の相手とも取り引きができる 流通範囲、通貨供給量の把握が難しい
手帳形式程手間がかからない。通常取り引き時には、現行通貨と同じような感覚で使え個人間取引の際に簡単にやりとりできる ・モラル・ハザード問題が生じる可能性があり、その監視が困難である
地域通貨を有する非会員との取引が可能

参考文献
・「だれでもわかる地域通貨入門」北斗出版
森野栄一 監修 
あべ よしひろ・泉 留維 共著
・「NODE NO.15 4・5月号 特集 地域通貨がコミュニティをつくる」NODE編集
委員会
・「地域内交易システム「yufu」ホームページ」地域内交易システム「yufu」事務局
http://www.coara.or.jp/~yufukiri/letsyufu/yufu.html
・「ITHACA HOURS HOME PAGE」Paul Glover
http://www.lightlink.com/hours/ithacahours/
・「地域通貨おうみ委員会 ホームページ」地域通貨おうみ委員会
「地域通貨とは」「論文・参考資料」
http://www.kaikaku21.com/ohmi/
・「エコマネー・ネットワーク ホームページ」エコマネー・ネットワーク事務局
「エコマネー情報」
http://www.ecomoney.net/ecoHP/top.html
・「Miguelの哲学広場 ホームページ」広田 裕之
「地域通貨って何?」
http://www3.plala.or.jp/mig/index-jp.html
・「ワット精算システム ホームページ 」
森野 栄一
・西部 忠
「LESTについて(NAM結成総会2000.6.30)」

地域通貨の歴史

「地域通貨」は、資本主義経済のもたらす様々な混乱や弊害から貧窮層の人々の生活を守る補完システムとして考案され、その後、地域の実情や同時代の社会経済体制への深い洞察に支えられながら、理論的にも陶冶されて、現在では、様々な形態の「地域通貨」が世界各地で生み出されるに至っている。
「地域通貨」を考えることは、ある意味では、それと背中合わせにある「資本主義」や「貨幣経済」が抱える様々な問題について考えることでもある。こうした観点から、「地域通貨」の歴史を振り返り、「地域通貨」という現象の背後にどのような社会的要請が働いていたのか、その大きな流れを理解する一助としたい。

1 ロバート・オーエンの「労働証券」
ロバート・オーエン(1771〜1858)は、フーリエやサン・シモンと並ぶ初期社会主義者(エンゲルスの命名によれば「空想的社会主義者」)の代表的な一人と見なされている。
ロバート・オーエンが活躍する1820年代から30年代にかけての西欧社会は、1760年代にイギリスで始まった産業革命の成熟期を迎えていた。生産手段が道具から機械に移り変わり、生産性が飛躍的に向上することによって莫大な利潤追求が可能になると、機械制大工業のもとでの少数の産業資本家と、他方における膨大な不熟練労働者という二大階級の対立が次第に潜勢していった。
筋金入りの工場経営者であり、実践的な社会改革運動家でもあったオーエンは、みずからが経営するグラスゴー近郊のニューラナーク紡績工場において、従業員のための購買組合や共同住宅を設けたり、青少年の教育に力を注ぎ、教育的にも経営的にも多大な成果を収めた。やがて彼は、貧民問題の抜本的な解決のために共産体の創設と運営に着手し、その理想的実践のために、新天地を求めて1825年にアメリカ合衆国に渡った。しかし、ニュー・ハーモニーと名付けた土地での自給自足の共産体の経営はことごとく失敗し、彼は財産の五分の四に当たる四万ポンドを失って1829年にイギリスに帰国する。
だが、この頃までに彼の存在は、本国では労働者階級の指導者と目されるようになっていた。その理由は、当時労働組合運動が急速に成長し、オーエンの理論を信奉し、支持する多数の団体が結成され、新聞を発行するなど、労働者の側に先鋭な階級意識が芽生えつつあったからである。こうした状況を背景に、オーエン主義者たちは労働者の自己管理による工場の創設を促すとともに、生産者が生産物を直接交換しあう市場として、「全国公正労働交換所」を32年にロンドンに開設した。
「労働証券」は、生産した財に対して原材料の価格と生産するのに費やした平均労働時間を反映した交換券のことで、「公正労働交換所」での取引の決済手段として導入された。これは、オーエンの「いかなる財の価値も生産物を作るのに必要とされた時間からのみ計測できる」(「ラナークからの報告」)という考え方に基づくもので、「労働証券」の価格は1ペンスが10分、6ペンスが1時間の投下労働量に等しいとされた。また、交換所の運営費をまかなうためにすべてのものに8.33%の手数料が課せられた。
労働に投下された「時間」という、誰にとっても平等で分かりやすく、普遍的な尺度を価値の基準に据えるという発想は、当時としては画期的なものであったが、実際にシステムをうまく運用するのは多大の困難を極めた。管理者の能力不足や投機的な意図をもった商人の介入といった外生的な要因だけでなく、そもそも需要と供給を常に一致させるよう保つことがむずかしかった。贅沢品が売れ残る一方で、最も必要とされる食料品は不足がちであった。また、1時間の労働が6ペンスという価格設定は、低所得者層には魅力的に映っても、稼ぎの多い人を十分に納得させるものではなかった。当初の期待と満足感が減少するとともに、信用が崩れはじめ、34年の5月以降は「労働証券」の発行も完全に停止してしまった。
結果的にみると、オーエンの「労働証券」の試みは失敗に終わったといえるが、たとえ十全に練り上げられた仕組みとは言い難いものであったにせよ、相互信頼に基づく「地域通貨」の考え方を創案し、社会の中に取り入れて実践しようとした試みとして、歴史的に高く評価されなければならない。

2 シルビオ・ゲゼルの「自由貨幣」

ロバート・オーエンの「労働証券」は、彼の共産体思想の社会的実践のプログラム全体から見れば、あくまでもひとつの部分にしかすぎないものであった。後世への影響も、労働者教育、幼児教育、生活協同組合などの先駆けとしての意義の方が大きい。したがって、世界史的なレベルでの「地域通貨」発現の直接的導因となったものではない。その意味から言うと、これから取り上げるシルビオ・ゲゼル(1862〜1930)は、はるかに甚大な影響力の持ち主であった。その理由は、彼が「貨幣」というキメラ(怪物)について、徹底的に考え抜いた思想家だったからである。
ベルギーに生まれ、多言語を駆使する能力とたくましい商才に恵まれたゲゼルは、1886年、24歳で南米に渡り、実業家として成功を収めた。試練が訪れたのは1898年である。アルゼンチン政府は積極的なデフレ政策を発表、ゲセルはいち早くその帰結を見抜き、抗議のパンフレットを発行した。当初は誰も耳を傾けなかったが、次第に人々は、不況の原因が隣国チリとの緊張関係のせいではなく、物価水準を切り下げようとする通貨政策にあることに気がついた。破滅的なデフレ政策が終わったのを見て、再びゲゼルは事業に復帰した。アルゼンチンの悪名高い通貨政策に翻弄されたこの時の経験から、ゲゼルは、通貨問題の正しい考察が国民生活の安定のためにいかに重要かということを骨身に徹して味わった。その後、スイスのレゾート・ジュネヴィーに農場を購入し、悠々自適の生活に入った彼は、経済学の研究と執筆に没頭し、1915年に主要論文である「自然的経済秩序」を完成させた。ゲーツキルによれば、ゲゼルの説くところの要諦は「諸個人の経済活動を制限したり統制したりするのではなく、彼が簡明な方法と考える仕方で、二つの事項−地代の形態をとるか利子の形態をとる不労収得の存在と一般に景気循環として知られる産業上の変動−を廃止することで個人システムを改革しようとするもの」(「シルビオ・ゲゼル」(「自由経済研究」第5号所収))であった。
具体策として提案されたのは、滞蔵されることによって利子と不況という二大害悪を生むそれまでの貨幣に替わって、あらゆる財と同様、時間とともに価値が劣化する「自由貨幣」を採用することであった。この「時間とともに減価する」という考え方には二つの効用があった。使わないと損失が生じるので滞蔵が抑止されること。また、流通速度が高まって、その結果、取引そのものが活性化されることである。
貨幣という、あらゆる財の中で唯一古びも痩せもせず、次々と利子を生んで無限に増殖していく不死身のキメラへの呪物崇拝を断ち切るゴルギアスの剣、それがゲゼルの考えた「自由貨幣」である。ゲゼルによれば、貨幣に対するこの180度の認識の転換は、資本主義を利子の暴威から解放された社会に変えようとする、換言すれば、資本が利子を生むシステムから必然的にもたらされる資源の不活用と非機能的所得を撤廃しようとする、漸進的な社会改革に道を開くものであった。
ゲゼルの考案した「時間とともに減価していく」(demurrage)という仕組みがビルト・インされた通貨の有効性は、1930年代に不況対策としてゲゼルの理論に基づく「地域通貨」が発行されたヨーロッパやアメリカの複数の町や村において、実際に驚くほどの成果をあげたことによって立証された。こう言ってよければ、1929年のニューヨーク・ウォール街の株価大暴落に始まる世界同時不況は、もしもこうした事態に遭遇しなければ素人経済学者の奇妙な思いつきとして忘却されたかもしれないゲゼルの理論を検証する、またとない実験的なシチュエーションを提供したのである。
                                                                   3 30年代―不況下での実験

以下において、当時、ゲゼル理論に触発されて生まれた代表的な「地域通貨」の試みとその顛末を、簡単に紹介してみることにする。

(1)シュヴァーネンキルヘンの「ヴェーラ」

ドイツのバイエルン州にあるシュヴァーネンキルヘンは、人口500人ほどの鉱山と農業の村であったが、恐慌のあおりで29年に鉱山が閉山した。炭鉱のオーナーであったヘべッカーは、翌30年、炭鉱を再開するため4万ライヒスマルクを借り入れ、これを担保に「ヴェーラ」という地域通貨を発行した。「ヴェーラ」は常に石炭と交換できる紙幣で、毎月額面の2%のスタンプを購入し、貼付しなければ使えない仕組みになっていた。
ヘべッカーは村の商店が「ヴェーラ」で買物ができるよう交渉したが、うまくいかなかったので、仕方なく日用品を仕入れて従業員に売る店を作った。他では使い道のない「ヴェーラ」を持った労働者がこの店に殺到するのを見た商店主たちは、「もしヴェーラが使えないときはライヒスマルクで交換する」という約束を取りつけ、「ヴェーラ」を扱うようになった。これにより事態は一変した。商店は卸業者に、卸業者は生産者に、「ヴェーラ」での支払いを交渉し、経済循環の輪が村中に広がっていったからである。
その後、ドイツ全土で2,000以上もの企業が同様の地域通貨を導入したが、31年2月に、中央銀行の命令で廃止に追い込まれた。

(2)ヴェルグルの「労働証明書」

オーストリア・チロル地方のヴェルグルの町長だったウンターグッゲンベルガーは、通貨の循環が滞っているいることが不景気の原因であると考え、1932年7月の議会でゲゼル理論に基づく地域通貨の発行を決議した。
銀行から借り入れた32,000オーストリア・シリングを担保に「労働証明書」を発行するとともに、町は道路整備などの緊急失業対策事業を起こし、その対価として、賃金の半分をオーストリア・シリングで、残り半分を「労働証明書」で支払った。この「労働証明書」で人々は商店から商品を購入することができたし、税金を納めるのにも使えた。「労働証明書」は月初めに額面の1%に相当するスタンプを貼らないと使えない仕組みになっており、手元に置いておいても損をするので、早く使おうとして流通が促進された。その速度は、通常のオーストリア・シリングの14倍に達した。公共事業のおかげで町は見違えるように整備され、税金の滞納もなくなり、かくしてヴェルグルはオーストリア初の完全雇用を達成した町となった。
ヴェルグルの成功を知り、200以上の都市が導入を検討しはじめたが、オーストリア中央銀行が通貨システムを乱すという理由で禁止通達を出し、33年11月に廃止に追い込まれた。
この「労働証明書」の裏面には、次のような趣意文が掲げられていた。
《諸君! 貯め込まれて循環しない貨幣は、世界を大きな危機に、そして人類を貧困に陥れた。 経済において恐ろしい世界の没落が始まってい る。今こそはっきりとした認識と敢然とした行動で経済機構の凋落を避けなければならない。 そうすれば戦争や経済の荒廃を免れ、人類は救済されるだろう。人間は自分がつくりだした労働を交換することで生活している。緩慢にしか 循環しないお金がその労働の交換の大部分を妨げ何百万という労働しようとしている人々の 経済生活の空間を失わさせているのだ。労働の交換を高めて、そこから疎外された人々をもう一度呼び戻さなければならない。この目的のた めにヴェルグルの「労働証明書」はつくられた。 困窮を癒し、労働とパンを与えよ。》

(3)米国のスタンプ通貨

シュヴァーネンキルヘンやヴェルグルの実験の成功は、同時代のアメリカでも非常な関心を持たれ、300以上のコミュニティーや町でヴェルグル・タイプの地域限定通貨が発行された。その理論的支柱となったのが、エール大学教授のアーヴィング・フィッシャーである。
1933年2月には、スタンプ通貨を法案化する動きも出た。そのような状況の中、フィッシャーは当時の財務長官ディーン・アチソンと何度も会見し、スタンプ通貨こそが大恐慌から脱出するための唯一の手段であることを熱心に説いた。アチソンは、著名な経済学者であるハーバード大学教授ラッセル・スプラーグに助言を求めた。スプラーグはスタンプ券の有効性を認めながらも、「非中央集権化するおそれがあるので、大統領に確認した方がよい」と進言した。
ルーズベルト大統領は、連邦政府による大規模な雇用創出プログラムを推進しようとしていた。いまこそ国家を挙げて強力な指導力を発揮すべきときだった。勢い、分派的な動向には警戒心が働いた。大統領令により、スタンプ通貨のみならず、正貨以外のあらゆる補完貨幣は全面的な禁止に追い込まれた。
以上見てきたように、30年代の「地域通貨」の試みは、一定の成果を上げたにもかかわらず、(スイスの「ヴィア」という例外を除いては)いずれも定着することがなかった。結局のところ、通貨発行権を持つ各国の政府は、分散的かつ分権的な「地域通貨」の急激な伸張をそれ以上望まなかったのである。アメリカのニューディール政策に典型的に見られるように、国家は中央集権的な計画経済によって恐慌が惹き引き起こした経済混乱を収拾しようとしていた。「地域通貨」は、そうした政府の方針から逸脱するものとして抑圧され、以後50年近く、忘れさられたままになっていた。

4 80年代以降―地域通貨の新しい潮流

第二次世界大戦の戦後復興から石油危機までのおよそ25年間は、ドルを基軸通貨とする固定相場制の通貨制度であるブレトン・ウッズ体制のもとで、空前の繁栄を謳歌する「資本主義の黄金期」が続いた。政治的な冷戦構造も、両陣営の軍事的均衡が保たれている限り平和の維持に貢献した。                      
根本的な変化の兆しは70年代に入って現れる。71年8月、アメリカのニクソン大統領は金とドルの交換停止、10%の輸入課徴金、国内物価・賃金の凍結など、一連のドル防衛策を発表した。ベトナム戦争と長期化するインフレで国際収支の赤字が累積、世界的な過剰流動性の中でドルの力が衰えたことが原因だった。そしてこれをきっかけに、各国の為替市場は変動相場制へと移行した。
このことは、二つのことを意味していた。米国の経済力に支えられたブレトン・ウッズ体制が事実上終焉したということ。さらには、その後の金融の自由化にともない、取引が信用だけで成り立つグローバルな資本(貨幣)市場で、マネーゲームが異様に膨張していく傾向に歯止めがきかなくなったことである。70年代のはじめ頃、1日の外国為替取引額はせいぜい100億ドル程度であったが、95年には1.3兆ドルにまで跳ね上がった。投資戦略はますます複雑かつ巧緻になり、実体経済をはるかに上回る莫大な資金が先物取引に投入された。かくして、資金の大量流出や連鎖株安が引き金になり、一夜にして国際的な金融パニックが発生しかねない不安がこの世界にもたらされたのである。
80年代のはじめに、欧米の各地で、同時多発的に「地域通貨」が生まれた。これらは導入目的によって二つのタイプに類別することができる。一番多いのは、失業やインフレの深刻化から地域の生活圏を守るため、不足する通貨に代わって地域内での生産消費循環を目指すシステムで、83年にカナダのマイケル・リントンが考案した「LETS」はその代表的なものである。もうひとつは、相互扶助と信頼関係に基づくコミュニティーの再生のために導入されるもので、85年にアメリカのエドガー・カーン博士が考案した「タイムダラー」などがこの範疇に入る。ただし、この区分は便宜的なものであって、「LETS」もそれが相対取引であることによって、結果的に信頼に基づく人間関係のネットワークが地域に広がることになる。また、「タイムダラー」も、サービスだけでなくモノの交換も取り込まれることで、地域内の経済循環に貢献することになるのである。
90年代に入ると、「地域通貨」は爆発的な勢いで世界中に広まっていった。その背景として二つの事情を指摘することができる。ひとつは、経済のグローバル化により企業の再編やダウンサイジングが始まり、不況に加えて企業のリストラクチュアリングにより雇用が増えない状況が生まれた。こうした中、地域は自立的な組織化を進めざるを得なくなる。特にニュージーランドやオーストラリア、イギリス、ドイツ、フランス、南米などで「LETS」型の「地域通貨」や「交換リング」(通貨を発行せず、通帳上で取引するシステム)が普及するとともに、事業者や法人企業もともに参入できるような循環の仕組みがデザインされるようになった。
 もうひとつの事情は、インターネットや情報チップを内蔵したカードの普及といった情報革命の進展により、「地域通貨」の利用形態や決済方法が多様化し、汎用性が著しく向上したことである。また、参加形態も一般市民だけでなく、そこに地元の企業や金融機関、NPOや地方政府も参入するようになって、社会を構成する各セクターが協働するプロジェクトの推進母体として、地域経営の一翼を担うようになってきているのである。米国ミネアポリス市のコモンウォール社が発行している「コモンウォール・コミュニティー・ヘローカード」や、「LETS」の考案者マイケル・リントンが提唱し推進している「コミュニティ・ウェイ」構想などは、その代表的なものだろう。
「地域通貨」は、このように、今なお進化と不断の改良の途上にあるといえる。
                     
5 日本における地域通貨

最後に、日本における「地域通貨」の受容と今後の展開について概観しておこう。
日本においては、早くは大阪の「ボランティア銀行」などが、昭和48年頃から労力交換方式のサービス互助をカードにより行っていたが、「地域通貨」という概念が一般に広まるようになったのは90年代の後半からである。       
90年代はじめのバブルの崩壊と金融危機、その後に続く阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件などの災禍は、社会の各層に広がるモラルハザードや政府の金融財政政策の恣意性、危機管理体制の脆弱さといったものを浮き彫りにした。これらの出来事は、日本の戦後体制のほころびを人々に強く印象づけた。こうした従来型社会の制度疲労と、「大量生産・大量消費・大量廃棄」の文明がもたらした公害や環境破壊への反省から、「公」と「私」からなる現行の国民国家の枠組みに、「民」(非営利の市民活動団体)を加えた新たな社会システムと価値観の構築が唱えられるようになった。それとともに「ボランティア」や「NPO」、「協働社会」や「地域通貨」といった一連の概念が、世の中を変革するキーワードとして浮上してきたのである。
今求められているのは、これまでのような危機的な状況をもたらした過度な利潤追求や環境への負荷を押し下げ、社会の営みを「持続可能な成長」のレベルに調整する機能を果たす新たな「仕組み」である。市場原理には、革新的なイノベーションをもたらしたり、適正な価格競争で良い物を安く提供するなど、社会の原動力としての働きがある反面、採算性に乏しい分野の需要や、経済的合理性の尺度では測れない人との「触れ合い」や「暮らしやすさ」といった価値を、ともすれば見捨ててきたのである。
そこで、わが国においても「地域通貨」は、コミュニティー内部の人々の交流を高め、利他心や互恵の精神に基づくメディアとして見直され、各地で実験が始まっている。滋賀県草津市の「おうみ」や北海道栗山町の「クリン」のように、サービス互助の輪(和)を地域内に広げるという形のもとでは、すでに一定の成果を納めつつあるといってよいだろう。しかし、現行の法律との関係や会計処理の問題、さらには、取引において事故やトラブルが発生した場合の責任問題など、未整備な課題も多く残っているために、日本の「地域通貨」は、当初から単純な家事労力サービスや奢侈品以外の日用的なモノの交換に限定して導入が図られてきた。これは、とりあえず「地域通貨」をわが国に根付かせるためのやむを得ない配慮であったが、一方、外国では、参加者のサービス・メニューが取引を通じて客観的に評価され、「地域通貨」がコミュニティー・ビジネスの起業化にも役立っており、こうした例と比較すると、日本の場合、「地域通貨」のポテンシャルを引き出すためには、さらに開発の余地があると言わざるを得ない。

参考文献
・ 「新社会学辞典」森岡清美他編、有斐閣
・ 「マネー崩壊」B.リエター著、日本経済評論社
・ 「エンデの遺言」河邑厚徳+グループ現代、NHK出版
・ 「自由経済研究」ぱる出版、第1,2,5,6,7号
               

 

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